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第21話 暴言

「あの、一人で納得してないで俺にも教えてくださいよ!」 「え?ああ悪い……別に納得してたっつーわけじゃねぇけど、仁がソレを言ってなかったのなら不安にもなるよなァって思っただけだよ……あいつ普通にカッコイイから女にもすっげぇモテるだろ?職業ドカタなのに。いや別にドカタが悪いってわけじゃねえよ?立派な職業だと思うぜ?でも女って大半はスーツ着てる男が好きだろ、アンタみたいなさ」 「はあ」 「要するにそれを上回るってコトだよ、仁は……いやー顔がいいっつうのはすげぇよなァ、まあ俺は生粋のゲイだから女になんか1ミリもモテたくねぇけど。つーわけで別に僻みじゃねぇからな、そこんとこよろしく」 「はあ」 安藤が灰音に対して最初に抱いていた、『寡黙なバーテン』というイメージは完全に崩壊していた。単に人見知りなだけだったらしい。 しかし他に客がいないからなのか、それとも安藤相手にはクールなキャラ(?)を突き通さなくていいと判断したのか、どちらかは分からないが。 安藤はすっきりとしたジントニックを少しずつ喉に流し込みながら、仁は灰音の素を知っているのかどうかを知りたくなった。 でも、訊くことはないだろう。 ここに一人で来たこと自体、仁には絶対に秘密なのだから。 「……まーとにかく、アンタの悩みはこれで解決したろ。なんで仁みたいなのが自分に惚れてるのか分からなくて悩んでたわけだ」 「え?いやっその、それも悩んでたと言えば悩んでたけど……でも、そうじゃないんです!」 「なんだよ、まだ何かあるのか?」 仁が何を考えているのか分からない。 でも漠然と、安藤には『そうなんじゃないか』と思っていることがある。 口に出したらそれが真実になってしまいそうで、言いたくなかったけれど――…… 安藤は、ためらいがちに口を開いた。 「……仁は、俺のことを好きだって言ってくれるけど……自分から別れる気はないって言ってくれたけど……でも、ずっと一緒にいてくれる気がしないんだ……」 言って、しまった――。 二人しかいないバーに、沈黙による静寂が訪れた。 さっきまであんなに饒舌に喋っていた灰音が、細い目を見開いて安藤を見ている。 驚いているのか、もしくは別のことを考えているのかもしれないが。 静寂を破ったのは、灰音の方だった。 「アンタ……安藤さん、仁と別れるつもりないのか?」 「はあ!?最初から別れるつもりで付き合うわけないだろ!」 つい敬語を忘れて怒鳴るように言ってしまったが、もう構わないと思った。 最初は年上かもしれないと思ったが、言動や態度からして灰音は自分よりも年下に違いない、と今の安藤は確信している。 「いやだって、アンタはノンケだろ!男と付き合うのなんて一時の気の迷いっていうか、珍しい遊びっていうか、要するに次の女が出来るまでのつなぎみたいなもんだろうが!」 「はあぁ!?」 安藤は、そんな侮辱めいたことを言われたのは初めてだった。付き合う相手にはとことん誠実であることが安藤のポリシーだ。それは男だろうと女だろうと関係ない。 灰音の言葉は、安藤にとってまさに言語道断だった。 「ふ、ふざけたことを……っ!俺は、仁のことが好きだから付き合ってるんだ!!遊びだとか繋ぎだとかそんな、冗談じゃない!」 そうでなければ、あのハロウィンの夜をたった一度のあやまちとして片付けたりしない。 再びノコノコと会いに来て、そのまま軽率に付き合ったりなんかしない。 どこにでも売ってあるようなチョコレートの包み紙を、まるで宝物のように大事に持っていたりなんか、しない。 仁に会うたびに、好きになっていくのが自分でも分かるのだ。 彼の事を何でも知っているわけじゃないけれど、でも…… 「愛してるんだ……俺は、仁のことを……」 なのに、ずっと一緒にいたいと思っているのは自分だけなんて……そんな悲しいことを口にしたくはなかった。

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