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第20話 性質

バーテンと安藤は改めて自己紹介をした。しかし、彼は明らかに本名ではない――まるでビジュアル系のバンドマンのような――灰音(カイネ)』と名乗った。 彼曰く、本名は地味なので名乗りたくないらしい。 安藤にはよく分からないが、『アンタみたいに名字に(フジ)とか付く奴には一生分からない』と言われたので、名前についてはこれ以上追求しないことにした。 「それで?仁と付き合い出してウキウキしてるかと思ったらあまり浮かない顔だな。ここにも二人では来なくなったし、かと思えばアンタは仁にここに来たことを秘密にしてくれなんて言うし、いったいどういうことだ?もう仁に飽きて他の男を漁りに来たのか」 とんでもないことを言われて、安藤はギョッとして目を見開いた。 「ち、違いますよ!別に俺はゲイってわけじゃないですし!」 「仁と付き合ってるのにか?」 「仁は特別なんです!……まあ、確かに最初にここに来たときは誰でもいいから抱いて欲しいーなんて馬鹿なことを思ってましたけど……今はそんなこと思ってませんから」 今思えば、本当に無謀なことをやらかしたと思う。 あの日安藤を助けてくれたのが仁で、本当に良かった。 「――それで、アンタは今日ママに会いに来たんだよな」 「あ、はい」 「ママの代わりに聞いてやるから、悩んでること話せよ」 灰音は、安藤の望む答えは持ち合わせていないかもしれない。 それでも安藤は、今は誰でもいいから話したかった。 仁のことを相談したかった。 バーテンなら口も堅いだろうし――と勝手に思い込み、安藤は意を決して話し始めた。 「仁が何を考えているのか、よく分からないんです」 「は?」 「そりゃ、仁と俺は違う人間なので考えてることが分からないのなんて当然だって思いますけど……でも、そういうんじゃなくて……なんていうか……」 何と言えばいいのだろう。 そもそも、仁の何を相談すればいいのだろうか。 仁と付き合っている当の安藤が分からないことを、もし目の前の男が分かるのであれば、それはそれで複雑なのだ。男心は難しい。 「別れたいって言われたのか?」 「いいえ。あの……仁は凄く優しいんです、完璧な恋人だと思います」 「アンタ、惚気(のろけ)に来たのか?」 「違います!だからその……完璧すぎる、っていうか……」 自分が何を言っているのか、安藤にもよく分からなくなってきた。 これでは惚気に来たと言われても仕方がない気がする。 だいたい安藤と仁はまだ付き合いたてのカップルなのだから、恋人に対して完璧っぽく振るまうのは当然だ。付き合いたてのカップルにはよくある傾向だともいえる。 だらしない部分を見せるのは、たとえば一緒に住み始めてからだとか、もっと仲が深まってからなのだろう――一般的には。 でも、安藤の漠然とした不安はそういうことではないのだ。 じゃあどういうことだと言われたら、説明はできないのだけれど。 「なんか、すいません……意味不明ですよね」 勢いでこのバーに来てしまったけど、やはりもう少し一人で考えるべきだったのだ。 せめて仁の何に対して悩んでいるのか、自分で把握できるくらいには――。 「だいたい仁みたいな格好良い若い子が、なんで俺みたいな平凡な三十路男を好きになってくれたのかもわかんないのに……」 「はぁ?アンタなんか仁の好みド真ん中だろ。アイツは自分よりも年上で、ちょっと鈍臭さそうなノンケにしか惚れないんだから。そういう性質(タチ)なんだよ」 「はい?」 初めて耳にした情報に、安藤は一瞬呼吸をするのを忘れた。 鈍臭そう――と何気にディスられたことは一先ず置いておいて。 「もしかして初耳だったか?」 「は、はい……」 「あー」 いったい何が『あー』なのだろう。 安藤は何一つ納得していないのに、灰音は納得したような、もしくは小馬鹿にしているような目で安藤を見つめながら、何度も一人でうんうんと頷いていた。

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