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第1話

今日は、普段お手伝いしている喫茶店に持って行くチョコレート菓子を用意していた。 常連さん分と、近所へのご挨拶分。 定期的に我が家に波乱を呼びこむお隣は……今度。 材料を確認した先、足りなかったチョコレートを片手にキッチンへと向かう。 私の後ろを歩く金色の毛並みを持つ幼い狼男…金之丞は元気よく挙手をした。 「何かお手伝いする事はありますか!」 「お前はそこで大人しくしていろ」 間髪入れずに返答すると、分かりやすく耳が垂れてしゅんとなった。 何度見ても人間に擬態中の4つの耳は不思議でならないが、上の耳は分かりやすくて良い。 以前、人と狼の耳を1つずつ同時に撫でてみた事があったが、両方普通に反応した。 本当にどういう作りなんだ、生えてるのか人の耳。 などとどうでも良いコトを考えながら一人でキッチンへと足を踏み入れる。 すると、背後斜め上から静かな低い声がした。 「ご主人」 「お前は手伝え」 顎の先でキッチンへ入ることを促すと、エプロンの下の尻尾がぱたぱたと揺れる。 ……実に良い、狼男は分かりやすいパーツが多い。 いや、完全に擬態されると普通の人間程度の情報量にはなるが。 銀色の毛並みを持つ物静かな…いや、ただ言葉が苦手な狼男…銀之丞は私の背後を通り抜ける。 手を洗う音を聞きながら、チョコレートの材料を確認する。 流しの向こうにリビングが見える作りなので、金之丞が抗議をしていた。 「兄ちゃん贔屓だ…!」 「適材適所だ」 ん、という短い同意が淡々とした私の言葉の後に続いた。 やる気と口のまわり方は申し分ないのだが、手先が不器用なのだ。 怪我でもされたらこっちが困る事になるのだ。 今回作っているのはプレゼント用で失敗するわけにも行かない。 何より、ある程度コントロールしている本来の食欲が戻りかねない。 頬を膨らませてむっとしているのは無視して、作業を始める。 チョコレートを取り出した時点で、尻尾も仕舞うあたり銀之丞は察しが良い。 耳は先にしていたバンダナで見えなくなっていた。 私が生きた時代はとりあえず食えれば良かったのだが、異物混入は昨今では問題になる。 良い物を届ける為に気を付けたい、のでマスクをとりあえずつけた。 間違いなく遠くからでも退屈で話しかけてくるのが居るからだ。 「……ご主人様はチョコレート食べないんです?」 まだ若干不服そうな金之丞は、リビングの椅子に腰かけながら私に話しかける。 銀之丞は人語での会話が得意じゃないので、がうがう言わなければ大概私向けである。 まぁ、がうがう言いだすと二匹揃ってうるさいので勘弁願いたくもあるのだが。 チョコレートを刻んで溶かす作業を銀之丞にお任せしながら、返事をする。 「食べなくはないが…店長と商店街のお嬢さん方はくれるからな。  普通の食事はそんなに必要ないし…」 「ないし?」 「出てしまうだろう、腹が」 ハッキリ言って、体型そのものは吸血鬼になった時点で変わりはしない。 しないの、だが。 人間とは少々作りの違う身体には、普通の食べ物は長く貯まる。 その間、物理的にどうしても、お腹が張る。 凄く綺麗で居たいみたいな欲は全くないが、だからと言って太りたくはない。 「お腹の出たご主人様も素敵ですよ?」 「うるさい!私が嫌なんだ!」 無神経に突っ込んでくる金之丞を無視して、私はケーキの生地を作り始める。 私の機嫌を損ねたと思った彼はその先は大人しかったので、つづがなく準備は完了した。

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