2 / 5

第2話

「……お手伝いする事はありますか」 チョコレート菓子を作り始めた時よりトーンダウンした金之丞が私に同じことを言った。 行儀よく椅子に腰かけて、両の手は膝の上にあった。 その隣に座る銀之丞は、何も言わないが視線が次の指示を求めていた。 「よし、包むので二人とも手伝え」 指示なしだろうと思っていたらしい金之丞の垂れていたしっぽがピン!と立ち上がる。 キラキラと言う表現が本当によく似合う瞳が私をじーっと見つめていた。 可愛い、と思っても口にせず、瞳を閉じて指示を出す。 「私が透明のビニール袋に切り分けたケーキをいい感じで入れる。  銀之丞はリボンを結んでマスキングテープとメッセージシールを。  金之丞は渡す時用の袋にそれを一つずつ入れて机に並べろ、良いな」 「はい!」 元気一杯の返事と、静かに頷くのを確認して作業を始める。 工場の流れ作業のようにサクサクとだが丁寧に進めていく。 やること自体は少ないのだが、指示があったのが嬉しかったのか金之丞は何の文句も言わなかった。 そして一方銀之丞は、淡々と私より上手にリボンを結んで可愛らしいチョコレートの包みを完成させていた。 教えたはずのないとても華やかな飾りの結び方をしている。 ……どこで覚えてきたんだ。 「ご主人様!」 「なんだ」 「机が一杯になりそうです」 机を確認すると、店のようにずらりと並んでいた。 私は椅子から立ち上がって、良くやったな、と一言だけ褒めて撫でそうになったが手を引っ込めた。 視界の端に入った作業の為にはめたビニール製の手袋を外す。 「では金之丞にはもう一つお願いしよう。紙袋の中にケーキを詰めてくれ」 喋りながら広げた丈夫な紙袋を、金之丞が開けて置いたスペースに置く。 昨年の事も覚えていたのか、紙袋は丁度よく机の上に乗った。 最初に作った3つをキッチンのカウンターによける。 よけた分の次に並んでいる3つを手に取り、見本として紙袋の中に並べる。 袋の中を覗き込むと金之丞はうなずいて、作業を始めた。 指示せずとも完成した順に一つずつ並べていくので、頭はやはり悪くない。 純粋過ぎてたまに隣人に騙されるだけだ、許しがたいが。 「ご主人」 「なん……ああ、終わってしまったんだな」 一つずつ丁寧に結んでいた銀之丞も、私が指示を出している間にストック分の作業を終えていた。 もう一度椅子に座り、作業を再開する。 文句も言わず、圧もかけず、ただ静かに銀之丞は隣で待つ。 ……訳ではない、少々そわそわしている。視線が泳いでいる。 命令に忠実なのは主人としては大変有難いのだが、そのくらいは申し出て欲しいと常々思う。 「銀之丞」 「ん」 「少し休憩で良いぞ」 「!」 ぺこりと頭を下げてバタバタと大きな音を立てながら、廊下を駆けて行く音がした。 私は生理的現状についてまでああしろこうしろとは言わない。 予想通りの距離感で、扉が開いて閉じる音がした。 気圧がさがった訳でもないのに襲い来る頭痛に瞳を閉じると、金之丞がぽつりとつぶやく。 「兄ちゃん不器用さんだから…」 「不器用で済まされる問題かあれは」 「ご主人様の下が一番扱いが良いらしくて、捨てられないか不安なんですよう」 「あんなに使える奴捨ててたまるか」 キッパリと否定してやると、何故か金之丞も嬉しそうに微笑む。 アレがうちに来るまでどんな生活をしてきたか、私は知らない。 必要もないので聞かないし、そして彼も語らない…喋れるようになったら分からんが。 そもそも命を助けるのであれば、無責任に拾ってはならないのだ。 「……ご主人様、俺は?」 「今さら捨てる程白状に見えるか?」 しばらくにこにこした後、少々緊張した表情で聞いてきた。 「だってご主人様、昔は凄い吸血鬼だったんでしょう?  俺に嫌気がさしてもおかしくはないかなって……」 「昔は、の話だ。今は商店街の路地裏にひっそり棲む疲れ知らずの吸血鬼に過ぎん。  大体な、顔を盗られて弄ばれたにもかかわらずまだお前を家に置いてるんだが」 掘り返されたくない話に触れてくる癖だけ何とかしてほしい。 苛立ちを隠さずにここ最近の最大級に許せなかった出来事を私も蒸し返す。 私も随分と大人げない。と、言いたいが相手も別にそんなに若くはないのだ。 お互い様である……いや、それであっても彼のが数百年は年下か。 「すみませんでした」 「よろしい」 先に謝れる彼のが明らかに大人びているのは分かりながらも、主人だから、と自分をごまかす。 良くないのだが、未だに過去に関しては嫌悪しかないのでもう少し時間がかかる。 こういう話題に俺を迎え入れた商店街の人たちはしない。 というか、そういうのをあまり気にしない。 ……人外に対しても肝が据わっていてとても助かる。 流水音の後、泡のままでてくる石鹸を手に載せる音が聞こえた。 部屋に入る気配に合わせてぽつりとつぶやく。 「今後は自己申告してくれ。……捨てたりしないから」 彼は私の横に来るなり深く頭を下げ、椅子に腰かける。 銀之丞は顔を隠してしばらくそのままでいた。 その程度の事で泣くのはやめて貰いたい、主人をもう少し信じて欲しい。 一方、金之丞はそれを見てにこにこしている。 貴様は悪魔かなにかなのか。いや、狼男なんだが。 銀之丞が作業を再開して、すぐに梱包作業は終了した。

ともだちにシェアしよう!