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第3話
当日、ブランデー入りのチョコレートケーキは評判だった。
予想通り、店長と商店街のお嬢さんがたから…だけではなく。
普段からのお礼だとありとあらゆる人からチョコレートとプレゼントを貰った。
行きよりもパンパンになった紙袋をロッカーに一度置き、帰る準備を始める。
喫茶店から私の家までは遠くないし、今日の飲食側の営業時間自体は16時までだ。
この後店内でライブが開催されるので、飛び切り甘いセリフをステージ上のアイドルが言う事だろう。
そのステージに用事はないと言うか、居るとスタッフ側になってしまうので帰るよう促された。
ファンが調教されているらしく、マナーは悪くはないが疲れるのは事実だ。
店の扉を開けると、そこには銀之丞が居た。
静かに差し出された左手に紙袋を預けると、右手も差し出される。
自然な流れで手をのせると顔を真っ赤にして首を振った。
分かっていてもちょっと意地悪をしたくなる。
後ろの方で「きゃぁ…!」と嬉しそうな黄色い声が聞こえた。
……ライブ前の待ち時間の暇つぶしになったのなら良いが、こいつはやらん。
今度は持っていた別の紙袋を手渡せば、ほっとしたように受け取る。
先に歩きはじめると、その後ろを自然と付いてくる。
正直言ってこの店から家までは100mもない。
それでも迎えにくるのだから律儀な物である。
家の鍵を取り出して、ドアを開ければ金之丞がタックルをかましてきたのでひらりと避ける。
銀之丞が後ろに居たはずだが、彼も避けたのか、金之丞だけが家の外に出ていた。
「何で避けるんですか」
「狼男のパワーでぶつかられたら無事じゃすまん。反抗期か?」
「違います、帰ってきたご主人様を感じたくて抱きつこうとしただけです」
「ああ……」
勢い余っただけか、と思いながら流れるように扉を閉めようとすると、鋭い爪が阻止した。
普段は丸く可愛い瞳が、反抗的に鋭く細められる。
「自然に締めようとするのはやめて下さい」
「お前なら私の力には勝てる、そうだろう?」
口元に笑みを浮かべて力を緩めて迎え入れる。
顔は不機嫌そうにしているのに、尻尾は左右に揺れていた。
そのまま金之丞が廊下を進んでいった。
私が入口の段差に座り靴を脱いでいる間に、銀之丞は鍵を締める。
「お前は楽でいいなあ」
私の方に振り返った彼に向って呟けば、目の前で跪いた。
飛びだしてきた2つの獣の耳の間に手を置いて、わしゃわしゃと撫でてやる。
銀之丞は何も言わないが、瞳を閉じて頬を少しだけ染めた。
「戻らないと、面倒なのが来るな」
撫でるのをやめて苦笑いをすれば、表情が豊かではない彼も少し笑っていた。
彼は私より先に立ちあがると手が差し出した。
手を掴んで立ち上がると、廊下の向こうに行ったはずの金之丞が立ちはだかっていた。
「誰が面倒ですって」
「お前がだ。後で撫でてやるから、拗ねるな拗ねるな」
「もー!ご主人様は兄ちゃんに甘すぎです!」
着ていたコートを脱いで差し出せば、金之丞はそれを受け取る。
もう一度廊下からリビングに向かうどすどすと足音を立てる彼を、今度は後ろからゆったりと追う。
「お前とはずっと一緒にいただろう?」
「この先もご主人様はオレのです!」
ヒュッ、という音がして彼の顔をかすめて前を銀色のナイフが通り過ぎて行った。
奥の壁に刺さったナイフを見ながらまたか、と後ろを振り返る。
言葉は苦手だが戦闘は弟より出来る彼の反射は中々に物騒な物だ。
「ご主人、は、譲ら、ない」
「兄ちゃんのじゃないもん!!」
おっとこれはがうがう言いだす予感がする。
金の毛並みを撫でつけて抑え込みながら静かに叱る。
「家に傷をつけるのは駄目だと言ったはずだ」
「やーい怒られたー」
「お前も煽るな」
拳を握りしめて一撃頭頂部に軽く入れる。
……身体が頑丈過ぎて私が痛いんだがそこは強がっておこう。
そして銀之丞はと言えば、分かりやすく耳が垂らすととぼとぼと歩いてナイフを回収した。
「くだらない事を言い合うんじゃない」
「くだらなくないんですよご主人様!」
「ん!」
妙な対抗心が燃え上がったままの僕たちの視線が私に集まる。
ふぅ、とため息をついてから、軽く圧を込めて言う。
「くだらない問題だ。そもそもお前達が私の物だ、そうだろう?」
先ほどまでの感情は何処に置いてきたのか、一瞬で収まる。
大体主人を取り合うとはどういう事だ、お気に入りのボールとかじゃないんだぞ。
と言う必要はなかった。説得には十分だったらしい。
話題を逸らすかのように、銀之丞の持っていた紙袋を指して屈託なく微笑む。
「それにしても一杯貰いましたね」
「日頃の行いのおかげだな」
「俺達は何もあげられないんですけど…」
その言葉と同時にしゅん、と二匹そろって耳を垂らす。
「ん?……チョコレートよりも欲しいモノがあるんだが?」
ワザとらしく歯が見えるようにすると、二匹の僕は身を震わせた。
その眼に恐怖はなく、ただこの後にある行為に対する期待で満ちていた。
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