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第5話

「ご主人様、ずるいです」 「ずるくない」 獣に戻ると幼くなる銀色の狼を撫でながら、4つの耳を持つ彼の抗議をいつも通り受け流す。 丁寧に洗って乾かしてやったので、指先に触れる毛並みはとてもよくなっている。 というか私が手入れしている2匹の僕はどちらも常によい毛並みで保たれている。 時間だけは有り余っている吸血鬼に、勉強は苦ではないのだ。 ……よりよい状態で可愛がりたいじゃないか。 「僕は自分でシャワーだったじゃないですか!」 「乾かしてはやっただろう?」 「そうですけど……俺もご主人様のシャワーがよかったー!!」 分かりやすくジタバタと手足と尻尾を器用に動かしながらベットの上でだだをこねる。 それを横目に、撫でられるだけの銀の狼は、指先に甘えるようなしぐさをしてきた。 応えてやるように位置と撫で方を変えてやると、満足そうに眼を細めた。 一連の流れを見てより不服を抱えたらしい金之丞は、頬を膨らませた。 「ずーるーいー!」 「はいはい、ほら、一緒に寝てやるから、おいで」 撫でている手は止めず、反対の手を広げて迎え入れる準備をする。 納得したわけじゃないですからね…等とぶつくさ言いながら結局は腕の中に納まる。 これは何を言っても無駄だろうなと思ったので、話題を変える事にする。 「来月はクッキーを作る、付き合えよ」 はーい、というまだ若干不服の混じった声が聞こえ、小さな獣は静かに頷くのを指先に感じた。 作業を嫌がらないというだけで有難い…というのは飲み込む。 余り褒めると調子に乗る、兄はともかく弟の方が。 行事が無くとも何かしてやらなくては、とぼんやりと思う。 「ホワイトデーという文化があるから、お返しをしないといけないんでな」 「……ということは、ご主人様にまた食べて貰えるんですね?」 金之丞が前のめり気味に身を乗り出してくる。 情緒が足りん、とデコピンをかますとおでこを抑えてベットの上で悶えた。 手の中の銀之丞が彼の方を一瞬だけ向いて一つ吠えると戻ってきた。 「ああぁああ兄ちゃんのバカー!!」 一体何を言ったのだろう。 とは思うが、そろそろ明日の事も考えなくてはならない時間だ。 眠らなくては、いや、寝かせなくては。 私は眠らなくとも食事を済ませた所なので問題はないんだが。 僕としての役割を果たしたばかりの2匹は意地でも休ませなくてはならない。 考え事をしているうちに、気が付けばがうがう言いだしていた。 こちらとしてはもう何を言っているのか分からないので。 金之丞にはもう一発でこにきついのを打ちこみ、銀之丞をそっと隣の椅子の上に置く。 するとピタリとやんだが、金之丞からの抗議があがる。 「なんでオレだけ体罰なんですか……!!」 「お前もケモノ姿だったら床に降ろすだけで終わったんだがな」 「くぅっ……兄ちゃんのそのタイミングの良さがずるい…!!」 恨めしそうな視線を椅子の上で大人しく座る兄に向けた。 ふう、とため息をついて2匹とも抱き寄せる。 「お前達の兄弟仲が良いのは分かったから、寝るぞ」 「ご主人様!まだ喧嘩したりないんですよ!」 「そうか、お前だけソファーで寝たいのか」 「一緒に寝たいです!おやすみなさい!」 「よろしい」 手のかかる僕達を撫でながらその暖かさにぼんやりしてくる。 そして私自身が遠い昔に失っている事を思い出し、瞳を閉じてぽつりとつぶやく。 「お前たち、寒くはないか?」 2匹揃ってぱたり、と尻尾を一振りして私の身体の上に載せてくる。 金之丞は起き上がり、足元に軽くかかるだけだった布団を上に引っ張った。 「ご主人様と一緒に居るのが嬉しくて忘れてました」 その姿では人語を話すことが出来ない銀之丞は、手のひらに顔を摺り寄せていた。 私の傍に居るだけで、外には及ばずとも寒さを味わうはずだと言うのに。 この従順な僕たちは離れようとせず、更に身を寄せてくるのだ。 「……ここは暖かいですよ。ね、兄ちゃん」 呼びかけに応えるように、短く一つ吠えた。 普通の人間よりもさらに暖かい狼男達の体温と言葉が、私を包む。 「そうか」 短く返せば満足そうに、2匹の僕は寝る体制へと入って行く。 血を抜かれて疲れていないはずはないのに、良く付き合う物だ。 チョコレートよりも甘ったるい、などと思いながら、私は緩やかに眠りへと落ちて行った。

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