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絶望の城壁

お母さん、お空の向こうはどんな世界なの? あの塀の向こうにはどうやったらいけるの? 早く外の世界もみてみたいなぁ……お母さん? どうしたの?何で泣いてるの?お母さん……お母さん? ―――――――――――――――――― 「………お母さん」 懐かしい夢を見た。 この世界の事など何も知らなかった、幼い頃の記憶。 大きくなったら、高い塀に囲まれたこの街から外へ出られると信じていた。 冒険をしたり……自由に旅が出来ると信じていたあの頃の僕。 思い出して笑みが溢れた。 なんて愚かだったのだろうか。 自由なんてどこにも無かったのに。 生まれた時から既に決められた運命に流されるだけなのに。 目覚めの鐘が鳴る……。 ノロノロと体をベッドから起こすと外へふらふらと足を進めた。 目覚めの鐘は集合の合図。 この街に住む全ての住人が広場に集まり『神子』へ祈りを捧げる時間。 通りに出てきた人々が僕を避けて通る。 『汚い』『頭がおかしい』『醜い』 ヒソヒソと話す声を耳が拾う。 僕がそちらに顔を向けると慌てて目を背けられる。 僕はおかしい……。 知ってる。 僕はあの日……全てを失った。 あの日……最後に見たお母さんは涙を流しながら謝った。 いつも優しいお母さんには不釣り合いな大きな斧を持ったお母さん。 『ごめんなさい………マシロ……ごめんね……』 泣きながら、謝りながらお母さんは何度も斧を降り下ろす。 痛い! 痛いよ! お母さん!! ごめんなさい!! 良い子にするから! 僕の泣き声を聞いて駆けつけた人にお母さんは僕の見ている前で射殺された。 気を失って倒れ……次に目覚めた時には母親の姿は無く血だらけだった部屋は綺麗に片付けられていた。 部屋の外に人がいるのか、話し声が聞こえてくる。 『まさかあの状態で生きてるとはな……けどあんな傷だらけで醜いオメガ、誰も買い手は付かねぇだろ?捨てて良いんじゃねぇのか?』 『あんなんでもオメガはオメガ……殺すわけにいかねぇんだろ。アルファのオメガに対する執着は凄いらしいぞ……特に上級種の運命の番の嗅覚は凄いらしい。番を殺した奴の匂いが分かる。番を殺されたアルファは地の果てまで追いかけて来る』 『運命の番なんて眉唾物だろ? 事実ならこんなに商売成り立たねぇだろ』 『まぁ……食料の配給は止めるって言ってたし……放って置けば死ぬだろ……その時また回収に来るだけだ』 『それよりも、この件が他のオメガに気付かれないようにしないとな……あのガキが余計なことを喋らなければ良いんだが』 『アルファの子を産むだけがオメガの運命なんだし、何も知らずに一時の平和に浸らせてやらなきゃな。アルファ様は無垢なのを自分で汚すのがお好きな様だからな……俺はベータで良かったよ』 オメガ……アルファ……子を産むだけの運命……。 『この街はアルファ様の為のオメガ育成区だからな……大事な金づるだ。大事にしなきゃな』 ……アルファの為の街……。 オメガって何? アルファって何? この街に住む僕はオメガ? アルファの……子を産むだけの運命。 教えて? お母さん……。 僕は……どうしたら良い? どうしたら、お母さん帰ってきてくれる? お母さん……お母さん……。 部屋に入って来た男達は僕が何も喋らずにいるとほっとした顔をした。 『全てを忘れて幸せにな……利口な子は長生き出来るぞ?』そう言って家を出て行った。 お母さんの居ない家。 誰も居ない家。 お母さんが帰ってきた時の為に綺麗にしておかないと……。 いつもお母さんとしていたように井戸まで水を汲みに行く。 今まで仲良くしてくれていた街の人が、俺と距離を取りヒソヒソと話している。 『醜い』『気持ち悪い』 水を汲んで……水に映る自分の姿。 顔半分醜い傷に覆われ、頭の上の耳の先は切られている。 尻尾も中途半端な位置で切断され歪な傷口が剥き出し。 あぁ……確かに醜いなぁ……。 僕に声を掛けてくる者は誰もいなくなった。 それでも僕はこの家で……ただ待ち続けた。 お母さんとの約束を果たす為に……。 行く場所なんてどこにも無かった。 「……今日、この日が健やかなものでありますように……」 神子に向かって頭を下げる周りの人間に習い、僕も頭を下げる。 今日は久々に神子様から啓示が有った。 啓示を受けた家の家族は新天地へと向けて荷造りを始め、高い塀の外へと引っ越しをしていく。 何となく感じとった。 あぁ……アルファの所へ子を産みに連れて行かれたのだ。 僕がそうであった様に誰も疑わない。 神子様への信仰か、外の世界への憧れか……。 旅立つ家族を羨望の眼差しで見送った。 ―――――――――――――――――― 何も変わらない、いつもの日である筈だった今日。 爆発音と共に、ドカドカとけたたましい音と悲鳴がする。 外へ出ると……けして越えられないと思っていた高い塀が崩れ落ちていた。 見たこともない耳も尻尾も無い大勢の人間が無理矢理、街の人を連れていく。 僕も慌てて部屋へ逃げ込んだ。 声を出しちゃいけない! 泣いちゃいけない! またお母さんが殺される!! ドンドンと激しく扉が叩かれた。 怖い! 怖いよぉ!! お母さん!! 助けてお母さん!! 扉がこじ開けられて、数人の男達が入り込んできた。 「いたぞ!小さいのが一匹隠れてた!!」 腕を引っ張られ引き摺り出された。 ガタガタと震える体を短い尻尾で巻き込む。 「うわっ……オメガは美人だって聞いてたが……これはねぇんじゃねぇか?」 「いや、耳と尻尾はオメガの証だ。連れていけ」 僕の手を掴んでいる男の目がじっと見下ろしてきて……怖い。 「……なぁ……こんな醜いオメガいねぇだろ……こいつはきっとベータだ。ベータを保護しろとは言われてねぇよな……」 「おいおい……何する気だよ」 仲間の男が呆れた顔で見ている。 「運命の番だってこんなの見限るさ……お前、表を見張ってろよ」 「……たく……お前は……」 「キレイどこのオメガに会えるって言うから期待して志願したんだ。それなのにアルファが見張ってるしよぉ……こんなんでもきっと具合は良いんだろ?」 「手短に済ませよ……あのアルファに見つかったら殺されるぞ」 バタンと扉が閉められる。 薄暗い室内で男のギラギラ瞳が見える。 「子犬ちゃん……ほら、怯えてないでこっちへおいで……おじさんが君が使い物になるか試してあげるよ……」 ニヤニヤとした男が手を伸ばしてきた。 本能が逃げろと叫ぶ。 男の脇をすり抜けようとした尻尾を掴まれ背中を上から押さえつけられると、服の裾を捲りあげられた。 「準備万端ってか」 露にされたお尻を男の無骨な手が鷲掴む。 「……………っ!!」 「何だ?こいつ声も出ねぇのかよ……まぁ好都合だな」 お尻にグリグリと何かを押し付けられた。 痛いっ!! お母さんっ!! お母さん!!! 手足をばたつかせて逃げ出そうとしても逃げ出せない。 「大人しくしろっ!!くそっ!はいんねぇ!暴れるな!」 頭を床に思い切り押し付けられて鼻血が溢れた。 「おいっ!早くしろよ!!」 お尻の穴にギチギチと何かが入り込もうとしている。 痛いよ…怖いよ……。 逃げようと床を引っ掻く爪が割れて血が滲み血の痕を残す。 「もうちょい……ぐあっ!!」 突然体が軽くなり、顔を上げると男は壁に凭れるようにして気を失っていた。 「馬鹿共が……命令の一つも聞けないとはな……だから正規の兵を貸せと言ったのに……」 代わりに立っていたのは、キラキラしたお星様みたいなのを振り撒く男。 「怖い思いをさせたな……もう大丈夫だ」 服を正され、ふわりと抱き上げられた。 綺麗なマントで鼻血を拭ってくれる。 キラキラした男の腕の優しさと大丈夫と言う優しい声に、声を押し殺して泣いた。 キラキラが僕の肩に顔を近づけてくる。 「お前は……「隊長!!この者達はいかがなさいますか!?」 「連行しろ、オメガを傷付けた罪は重い。相応の罰は受けてもらう」 偉い人? 見上げるとキラキラの瞳が此方を見ていた。 気にしないと決めていたのに、急に自分が恥ずかしくなって顔を下げて耳を手で隠す。 「……俺と共に来い。もう二度と危険な目には合わせない」 大きな手が頭を包んだ。 ……いいの? 僕と一緒に歩けば、目立ってしまうのに。 「知ってるか?『運命の番』ってヤツは匂いで惹かれ合うらしいぞ?お前からはとても良い匂いがする……だから俺はお前を見つけられた」 キラキラが嬉しそうに僕の頭に顔をすりつけてくる。 「お前は俺の『運命』だ」 運命? 匂い……。 キラキラに抱き上げられて移動をすると 檻に入れられて怯える街の人達。 「あれは彼らに危害を加える為の物じゃない。彼らを守るための檻だ」 守るための檻? 檻は悪い人を入れるんじゃ無いの? 「寄せ集めの軍だからな……残念ながら……オメガなら見境ない自制の利かない下等アルファもいるんだよ……彼らには悪いが国へ着くまでは我慢してもらわねば……」 オメガ……なら僕も入らなきゃ……。 キラキラの腕から降りようと身を乗り出すと、ぐっと抱き寄せられた。 「お前は入らなくて良い。俺が守る」 長い指が顔の傷を優しくなぞった。 守る……僕を守ってくれる人がいるの? この人が……僕だけの人? じゃあ……もう頑張らなくていいの……?

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