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この空の向こう側

「ティオフィル様」 呼び止められて振り返ると騎士団長の娘……ロシェルが頬を染めて立っていた。 「一緒に踊って頂けませんでしょうか?」 尻尾が期待に揺れている。 女から誘う勇気は認めよう……しかし。 「申し訳ありません。本日私は警備についておりますので……」 小国で王の権力も強い訳ではないし、宮廷に仕える者だけの内輪なものではあるが、今日は王子の誕生会だ。 その警備をしている俺に誘いを掛けるとは……団長の娘でありながら騎士の仕事を舐めてるな……。 「……でも今日は宮廷内の身内だけのものですし…「私がお父上に叱られてしまいます」 ごねていたが取り合わずに居たら渋々戻っていった。 暫く団長のあたりが強くなる事だろうな。 アルファの俺を私怨で解任は出来まいが……いっそ解任して欲しい。 ホールの中では煌びやかな服を身につけた男女が身を寄せ合って踊っている。 王子の誕生会という名目の恋人探しだな。 今のでもう10人目である……しかもオメガばかり。 「主役の俺を差し置いて良くモテているじゃないか」 カーテンの影から現れたのは、今日の主役だった。 「マリユス王子……貴方の所為でしょう。アルファだという事は黙っていてくれと言った筈です」 「俺のとこに来るのを分散させようと思って?」 マリユス王子……同じ宮廷管理の学園の同期だった。 内緒にしていたのにアルファだとバレてしまい、アルファ同士共に居る事が多くなった。 冒険者になって旅をしようとした俺を騎士団に引っ張り込んだのもこの男だ。 「俺がバラさなかったとしてもすぐにバレる事だ」 確かに、発情期……ヒートを迎えたオメガが側にいたら一発でバレるだろうな。 「俺は『運命の番』を待っているんだ。彼女らには何も感じなかった」 『運命の番』は一目見ればわかると聞いている。 「相変わらず夢見がちな事だな……俺が知る限り『運命の番』に出会えたと言う話は聞いたこと無いぞ?そろそろ好みのオメガを見つけて結ばれた方が良いと思うが?」 ――――――――――――――――― 一昔前までヒエラルキーの最下層にいたオメガ。 子を産むだけの存在として蔑まれ、犯罪に巻き込まれる事が多かった。 肉体的にも弱い物が多く。 成人できるオメガの数は極端に少なかった。 そんなオメガの運命を変えたのは、帝国の皇帝となったアルファ。 アルファは肉体的に恵まれ、魔法を使い、上位のアルファになれば国を一つ滅ぼせる程の力を持つ。 この世界の大多数を占めるベータもアルファの子を残せるが、アルファと番になれるのはオメガだけだった。 オメガはアルファを惹き付ける為に、見目の美しい者が多く、ヒートを迎えると性交する事しか考えられず性犯罪に巻き込まれることが多い。 犯罪者の手によって『運命の番』となる筈だったオメガを殺害された皇帝の怒りを鎮める為、帝国はオメガ保護法を取り決めて、オメガを傷つけた者を厳しく罰した。 こうしてオメガは手厚く保護され、優遇される事となった……だが。 医療の発達で、短命とされていたオメガの数が増えアルファの人数を大きく上回る結果となった。 そして保護によりオメガは、本来の控え目な性格を失い、アルファの威を借りて傍若無人に振る舞う様になった。 皇帝の影響で悲劇のヒロインに持ち上げられたオメガだったが、今ではオメガを疎ましく思う者も少なくない。 アルファはその性質から庇護欲を掻き立てる者を望んだが、オメガのヒートにつられ、愛の無い番が増えていった。 ――――――――――――――――― 「マリユス王子、そろそろお戻りになった方が宜しいのでは?」 「あの場にいるとオメガからのアピールが激しいんだよ。俺が欲しい相手は未だに番になることを許してくれないし……お前の様に俺も上級種ならオメガのフェロモンにも自制が効くんだがな……」 宰相の息子………リンドールか………あれも中々オメガにしてはキツイ性格をしている。王子であるマリユス相手に蹴りを入れられるのは彼だけだろう。 「恋は良いぞ?相手の事を思うだけで幸せになれる。蹴られても詰られても笑って許せる」 マリユス……アルファのクセにそっちの趣味なのか? 「そう思うなら騎士団を止めさせてくれ。『運命の番』を探しに行きたい」 「お前なぁ……自分の立場分かってる?上級種だよ?世界的にも珍しく、この国にはお前しかいないんだよ?世界の王にもなれる力を持った奴を放出できるわけないだろう」 ………ドクン。 「行かなきゃ……」 「どうした?ティオ?」 激しい動悸に襲われて膝をつく。 ……ドクン、ドクン。 何だ……これは……。 胸が……心がざわつく。 「呼んでる……早く…行かないと……」 ドクン、ドクン、ドクン。 「おい!ティオ!!しっかりしろ!ティオ……ティ……ォ……」 マリユスの声が……遠くなっていく……。 ―――――――――――――――――― その日から、原因不明の動悸に襲われる様になった。 日に日にやつれていく俺は騎士としての任務もままならなくなってきた。 「ここは……?」 暗闇から目を開くと見慣れない天井が目に飛び込んでくる。 「医務室です。倒れられたのを覚えていませんか?」 声を掛けられてそちらを見るとリンドールが立っていた。 「良いのですか?オメガがアルファと同じ部屋に二人きりで」 「私のヒートはまだ先ですし、マリユス王子が貴方なら平気だと仰っておりました」 随分と信用されているな。 自分の大切なオメガを別のアルファの元に置いていくなんて……。 「貴方は『運命の番』を求め続けていると聞いております」 「マリユス王子には夢物語だとバカにされておりますが……」 リンドールは至極真面目な顔でベッド脇の椅子に腰をおろした。 「ご存知ですか?『運命』という名の糸に繋がれた二人はお互いの事が離れていてもわかると言われております……」 ……聞いたことがある。 たしか……オメガ保護法を制定した皇帝もそれで自分のオメガの不幸を知ったとか……まさかっ!! ガバッと起き上がった俺の体をやんわりとリンドールが制す。 「貴方のその不調は……もしかすると貴方のオメガに何かが起こっているのかもしれませんね」 「行かないと……半年もたってしまった……俺の…俺の『運命の番』が……」 じっとなんてしておくんじゃ無かった。 何でこの胸騒ぎをそのままにしておいてしまったのか。 俺自身……『運命の番』を夢物語だと諦めていたせいか。 「残念ですが、貴方はこの街から出ることは出来ません」 「この街を潰してでも……探しに行く」 リンドールを睨みつけた。 大概の人間は俺の魔力の籠った眼力にたじろぐが、流石はあのマリユスをいなせるだけあって全く動じない。 「ティオフィルさん……オメガを誘拐して性奴隷としてアルファに売る誘拐団の話は知っていらっしゃいますか?」 いきなり何の話だ? 「そんなもの……オメガを金で買うアルファなんているわけ」 「マリユス様が夢見がちと言われるのがわかりますね。アルファとオメガの関係はそんなキレイなものばかりではありません」 リンドールの瞳に強い光が宿る。 「ここから先は、各国の上層部しか知らぬ話ですが……オメガの私が言うのもなんですが、最近のオメガの行動は目に余るものがあります。番の引力をもってしても嫌気が差すほどに……しかし一度結んだ番とは別れられません。そしてアルファはどうしたか……」 リンドールは大きなため息を吐いた。 言うのが躊躇われる程の事なのか……。 「性奴隷として育てられた従順なオメガを買うことにした。番になれずヒートを繰り返すオメガを閉じ込めて……気が乗らない時には違う男をあてがい飼い殺す……これが今のアルファとオメガの現実です」 アルファがオメガを飼い殺す……? そんなはず無い……アルファがオメガを傷付けるなんて。 「……私は恵まれた家に産まれました。地方の……貧困層ではオメガの売買は今も続いているんです」 俺が理想としていたものが全て壊されて、何も言えずに沈黙だけが流れる。 暫くしてリンドールの耳が揺れ顔を上げた時、扉が勢いよく開かれた。 「ちょうど良いタイミングですね」 「やったぞティオ!!やっと父上から許可をむしり取ってきた!!オメガを苦しめる誘拐団の探索、お前を隊長に1小隊派遣できる!!」 マリユスから受け取ったのは 王のサイン入りの許可証。 行き先は書かれておらず、小隊の名前だけが書かれている。 「何だよ……新兵と街の冒険者って……」 俺に対して発言力のあるやつはいない。 つまり……俺が行き先を自由に決められる。 「無茶を言うな。何の手懸かりも無く、何処に存在するかもわから無いのに小隊を派遣するだけでも破格だぞ。アルファであるお前を自由のきく形で遠征に出すなんて……これでも半年掛かってやっとなんだからな……必ず戻って来いよ!お前の夢を連れて!!」 マリユスに背中を叩かれた。 この背中を押してくれた。 「はは……ありがとな……マリユス」 俺の『運命の番』やっとこの手で探し出すことが出来る。 俺は自分のオメガを不幸になんてさせない。 世の中の腐った関係になんてならない。 そう信じて俺は、寄せ集めだが30人の小隊を率いて、旅に出る事になった。 ――――――――――――――――― 高くそびえ立つ城壁。 俺が運命に引かれてたどり着いた先は、オメガを狙う誘拐団の本拠地だった。 誘拐団の探索は俺が外に出る名目なだけだったのに……まさか一週間足らずで突き当たってしまうとは……。 番ではなく性奴隷にするためのオメガを探す、アルファの為に作られたオメガの街。 名目なだけだった犯罪者達の根城に、自分の番がいると思うと目の前が真っ赤になって、魔法が暴走した。 オメガを買いにきたアルファだっているかもしれない、もっと作戦を練って慎重に事を進める筈だったのに……城壁を吹き飛ばしてしまった。 「た……隊長?如何なさいますか?」 「そこの10名は逃亡者を見張れ!残りの者は突撃だ!アルファがいたら俺が相手をする!!お前たちはオメガの保護を最優先にしろ!!」 やってしまったものはしょうがない。 こうなれば突撃あるのみだ。 崩れた城壁から漏れ出てくるオメガの香りの中に強く引かれるものを感じ取って……今ならどんな奴にも負ける気がしない。 この街にまだいるって事は、まだ誰にも買われていないって事だ! 俺は間に合ったんだ!!必ず俺が救ってみせる!! ――――――――――――――――――― 「付け耳と尻尾を付けたベータが混ざっている!!惑わされるな!!」 アルファの俺には匂いでオメガかベータかわかるが、他の奴等には一目では区別がつかないだろう。 耳を引っ張り確認する様に指示を出す。 感じる……甘く痺れる様な匂い……。 ただその匂いを頼りに1つの家へたどり着いた。 家の戸の前に立っていた兵士が俺を見て動揺した。 「そこをどけ!!」 不審なものを感じて男を払いどけ扉を開けると……。 男にくみしかれた小さな体。 耳と尻尾が揺れている。 オメガを保護しろと言ったのに!! 「もうちょい……ぐあっ!!」 男を吹き飛ばすと、顔を上げてこちらを見てくる子供。 まだらな毛色の耳は千切れ、尻尾も歪な形をしている。 鼻血を流す顔には大きな傷痕が痛々しく走っていた。 「馬鹿共が……命令の一つも聞けないとはな……だから正規の兵を貸せと言ったのに……」 今すぐ殺してやりたいが、今はこいつらよりこの子の方が大事だ。 「怖い思いをさせたな……もう大丈夫だ」 抱き上げ、マントで鼻血を拭うと、俺の腕の中で声を押し殺して泣く子供の肩に顔を近づける。 匂いを強く感じる。 「お前は……「隊長!!この者達はいかがなさいますか!?」 後ろから兵に声を掛けられる。 今はそれどころじゃない。 やっと見つけた俺のオメガ。 「連行しろ、オメガを傷付けた罪は重い。相応の罰は受けてもらう」 俺の目の前で、俺の番となるであろう子を傷付けた罪。 後できっちりこの報いは受けてもらおう。 視線を戻すと目が合い、恥ずかしそうに俯いて耳を手で隠す。 なんていじらしい子だろう。 「……俺と共に来い。もう二度と危険な目には合わせない」 まだ状況が把握できていない、小さな頭を手で包み込んだ。 「知ってるか?『運命の番』ってヤツは匂いで惹かれ合うらしいぞ?お前からはとても良い匂いがする……だから俺はお前を見つけられた」 ふわふわした髪の毛に顔を寄せると甘い花の様な香りが鼻をくすぐった。 「お前は俺の『運命』だ」 後処理もあるし、食料もあるし、この子を落ち着かせてやりたいのでこの場で野営をする事になった。 司令官用のテントへ向かう途中。 車輪のついた檻に入れられるオメガ達が気になった様だ。 「あれは彼らに危害を加える為の物じゃない。彼らを守るための檻だ」 この子を襲った奴らの事もある。 辺りの木で作った簡易の檻だが、無いよりはましだろう。 「寄せ集めの軍だからな……残念ながら……オメガなら見境ない自制の利かない下等アルファもいるんだよ……彼らには悪いが国へ着くまでは我慢してもらわねば……」 俺の言葉に何を勘違いしたのか、腕から降りようと身を乗り出し小さな手を檻に手を伸ばす体を抱き寄せる。 「お前は入らなくて良い。俺が守る」 こんな傷……もうつけさせないから。 顔の傷跡をそっとなぞった。

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