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賢者の森

「マシロ、危ないから降りておいで」 俺が木の上に向けて声を掛けると、短い耳がピクピクと揺れた。 木の上からピョンっと飛び降りた体を受け止めると嬉しそうに顔を擦り寄せて来る。 こうやって元気に飛び回れる事が嬉しいのだろうが……元気なマシロの姿を見られる事が本人以上に嬉しい。 固く閉ざされていた瞳に、失ってしまったと思っていた宝物はこうして元気に森の中を飛び回れるまでになった。 この森は皆が恐れて近づかない『賢者の森』。 俺とマシロだけの森。 マシロの命を救ったものが『森の賢者』の力かどうかは分からないけれど……この森で生きる許しは貰えたようだ。 あの日……木の根に包まれマシロと共に死んだと思っていた俺は、気付くとマシロの膝枕で眠っていた。 「おじいちゃんがね、ここに居て良いよって言ってくれたよ」 マシロにだけ聞こえるらしいその声はきっと帝国の始皇帝だろう。 俺の番に馴れ馴れしい……エロじじぃめ……。 マシロはよっぽど『森の賢者』に気に入られたのか。 毎朝、森の中心にある大樹の根元に果物や茸、肉などが置かれていて食べ物には困らなかった。 マシロの耳や尻尾……傷跡が治らないと言う事はマシロがそれを望んでいないのだろう。 『森の賢者』は心清らかな者の願いを叶えると聞いている。 マシロは何を願った? 出来るなら『森の賢者』ではなく俺がマシロの望みを叶えたかった。 俺に抱きついたままのマシロが顔をあげて微笑んだ。 「ティオフィルさんの匂いがする……」 「マシロ……分かるのか?」 「うん……良い匂い……」 抱き締めた宝物にそっと口付けを落とした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ある日、夢を見た。 精悍な顔立ちのアルファと隣によりそう様に立つ美しいオメガ。 『準備は整えた……お前が番の願いを叶えてやれ……』 ただそれだけの夢だった。 準備? ……マシロの願いって? 朝早くに目が覚めて、まだ寝惚けているマシロを膝に乗せた。 「マシロ……マシロの願いは何?俺に叶えてあげられるものかい?」 「ん~……僕の願い?……ティオフィルさんと街へ向かう間の旅……楽しかった……あんな風にずっと一緒に居たい…です……」 まだ眠いのか俺の胸に顔を押しつけて、また寝息をたて始めた。 街に着いてからは俺も騎士としての務めを果たさなければならないので離れている事が多かった。 街へ向かう途中の旅はほんの数日だったけれど、ずっと側に居られた。 それを楽しかったと言ってくれるのか。 俺だってマシロから片時だって離れたくない。 「マシロの願い……叶えてあげられるのは俺だけなんだな」 マシロの願いはそのまま俺の願いでもあった。 ずっと側にいよう……。 気持ち良さそうに眠る耳にキスをするとくすぐったそうにフルフル震えた。

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