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第28話 寄り添う

 その足で雫は和樹のマンションへ向かった。  チャイムを鳴らすとそれに返答はなかった。雫は和樹から貰っていたカードキーでエントランスを通り抜け、部屋の前まで来ていた。それでも、キーを使って部屋の中で和樹を待つ勇気は今の雫にはなかった。その代わりに和樹が帰るまで部屋の前で待つ覚悟は出来ていた。  しばらくして足音が聞こえてきた。扉に背を預け座り込んだ雫に愛しい気配が近づく。 「雫?」  見上げると少しやつれ唇の端に傷のある和樹がそこにいた。 「和樹さん、僕「本当に申し訳無かった」」  和樹は雫の言葉を遮ると雫の前で頭を90度下げた。 「和樹さん、止めて下さい。僕こそ着信を拒否してしまってごめんなさい。話がしたくて来ました。今お時間ありますか?」 「分かった冷えただろ?中に入ろう、温かい物を入れるよ」  和樹の言葉で部屋に入ると数日ぶりだというのに、まるで何年も来ていなかったように雫は感じた。ソファーに座り部屋の中を見渡すといつもと違い部屋の中は乱雑としていた。そんな部屋は雫の知らない部屋だった。どことなくぎこちないい雰囲気が2人の間に流れる。  雫好みのミルクたっぷりのコーヒーを渡されて身体の冷えていた雫はひと心地をついた。和樹はラグに胡座で座り雫よりも先に口を開いた。 「俺の父親が本当に申し訳なかった」 「えっ、なんで知ってるんですか?」 「瀬川から全て聞いた」 「そっか、瀬川さんか……」  雫はコーヒーカップを握り絞めた。病院を全て手配をしてくれた瀬川が和樹の知り合いである以上事情を知っていてもおかしくなかった。どこまでの事実を知られているのか気になるが、あの仕事の出来そうな瀬川の事だから、全てを知られていると思った方が良いだろうと雫は考えた。 「ごめんなさい。僕、汚れてしまいました」 「違う、汚れてなんていない!」  雫の手からカップを取り上げた和樹はそれを床に置くと、改めて雫に向き合い言葉を続けた。 「雫、聞いて欲しい。俺はお前と別れたくないと思っている。俺のせいでひどい目に遭った雫にこんなことを言えた筋合いじゃ無いのは分かってる。でも、俺と付き合って欲しい。お前が好きなんだ。愛してる」 「でも、そうしたら和樹さんはお父さんの……」 「親父の後を継ぐのは兄貴だ。それ以外はない」 「だって、あの人お父さんは和樹さんを跡取りにしたいって言ってた」 「あの人?」 「っ!」   雫はうつむき手を膝の上で握り絞め、そのまま詰まらせた。  「その男は何を言った?」  少し固い声で、それでも努めて優しく話そうとする和樹がいた。辛抱強く雫の言葉を待ってくれている和樹に、重くなりがちな口を開きはじめた。 「……お父さんは和樹さんのお母さんを愛していて……その息子である和樹さんを跡取りにしたいって。……だから、僕!」 「俺は断った。俺があの人を黙らせる。だから別れを告げたのか?」 「……はい」 「雫、俺の幸せは雫といることだよ?雫は違う?」  優しく雫を諭すように和樹は話す。もう聞けないと思っていたずっと好きで、優しくて、大切で堪らない声だった。震える声を振り絞って雫は言葉を紡いだ。 「……僕も……和樹さんと居たい」 「っありがとう雫!……触れても良いか?」  雫に手を伸ばすのを戸惑う和樹がいた。和樹を見れば不安そうにしていた。 (やっぱり僕が勝手に和樹さんの幸せを決めつけていたんだ……お爺さんの言う通りだった) 「はい、触れて下さい」  雫の方から手を伸ばし和樹に抱きついた。きつくきつく雫は強く抱きしめられた。たった3日離れていただけだったのに和樹の慣れ親しんだ香に包まれて、その腕の強さに酔いしれた。雫の幸せはここにあった。

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