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第27話 ある出会い

 雫は籠もっていた部屋から出てキッチンで、熱いココアを飲みながら何も考えられない頭でぼぉ~としていると夜勤から綾子が帰宅した。 「あら、すごいブスね~、その顔。綺麗な顔が台無しじゃない」  朝から相変わらずの綾子だった。ため息で返事をした雫は残りのココアをのんだ。   「あなた、和樹さんから身を引いて満足?」  急に真面目に話す綾子に雫は、口元に当てていたカップを両手で握り絞め俯いた。 「っ母さん……僕は」 「雫逃げるのは卑怯よ。……でも、ま、私はいつでもあなたの味方よ。じゃ、私は仮眠を取るわね。あっそうそう、和樹さんには私から鉄槌を下しておいたから」  いつもの調子に戻った綾子は爆弾発言を残して部屋へと入って行った。その後ろ姿を見つめ鉄槌を受ける和樹の姿が想像できてしまった雫だった。 「母さん~」  頭を抱えた雫の情けない声だけがキッチンに響いた。  それから2日、携帯の電源を落とし雫は大学、アルバイトを休み続けた。マスターには急で申し訳無いがしばらく休ませて欲しいと願い出ると、快く1週間の休みをもらえた。  新一、香まで家まで来たが、今はそっとしておいて欲しいという雫の願いを聞いてもらえた。周りに恵まれている事を改めて実感した雫だった。 (散歩でも行こうかなぁ~)  ただ家にいても雫は和樹の事しか頭に浮かばない。小さな目元の黒子が印象的な瞳。大きくて頬を暖かく包み込んでくれる両手、キスの感触、別れると決めても和樹を焦がれて止まなかった。 ダッフルコートとマフラーをしっかり着けてふらふらと散歩に出た雫は気が付くと、和樹のマンションが見える場所まで来ていた。いつも暖かく迎えられていた部屋は近いのに凄く遠い。マンションを見つめながら考えていた。 (ダメじゃん、僕が言ったんだから)  「そこの若いの、そこに居ったら他の人の邪魔になるぞ」 その言葉に振り返ると白髪の年の頃70過ぎの老紳士が杖を突きながら雫を見ていた。 「あっ、すいません。今どきます」 「いや、いや、そう焦らんでも良いぞ」  ふさふさの眉が印象的な老紳士は雫を優しい眼差しで見つめてくれていた。とても安心感を与える微笑みだった。 「でも、僕が悪いから……」 「なら、詫びに儂の暇つぶしに付き合ってくれんか?」 「えっ!」  老紳士の唐突な申し出に戸惑いながら気分転換に誰かと話がしたいと思っていた雫にはありがたい思いでその申し出を受け入れた。  場所を静かな駅前の古いイメージの純喫茶に移し、水瀬喜一(みなせ きいち)と名乗る老紳士と贅沢に2人で4人掛けの席に着き斜め前に腰を下ろした水瀬を向き合った。その店には静かにクラッシックが流れていた。2人で注文を済ませると水瀬が話を始めた。 「何か悩み事かの?」 「っ!」 「若いのに渋い顔をしておる」 「そ、そうですか?」  雫は顔を俯けた。その時、水瀬が注文したコーヒーと雫のカフェラテが届けられた。 「ほら、顔を上げんか?」 「すいません」 「すまん、すまん、なにか遭ったのだろうの~。人生いつでも悩みはあるもんじゃ。儂も今悩んでおる」 「えっ、悩みですか?」  視線をカップに向けていた雫は咄嗟に顔を上げて水瀬を見つめた。 「トイレが近くてな~、ホントにイヤになる。」 「ぷっ」 「お、笑いおったな!これでも真面目に悩んでおるんじゃぞ」  とても久しぶりに雫の頬に笑みが浮かんだ。クスクスと笑い声まで上がっていた。 「そうじゃ、それじゃ、良い顔になったの~」 「ありがとうございます。お爺さん、……僕ね人生初めての失恋したんですよ」 「そうかそうか」  優しい顔で雫の言葉に頷いてくれた。雫もあんなにも辛いのにスルリと言葉が出ていた。 「もう、周りが見えなくなるほどの恋をしたんです」 「振られたのかい?」 「いいえ、僕が振りました。」  笑みを浮かべた雫の頬に涙の筋が流れた。悲しい笑顔だった。 「僕のワガママで彼を苦しめました」 「そうか、ならまだ愛しとるんじゃの」 「はい」  水瀬は雫の本音を言ってくれた。そう、雫は本当に心から和樹を愛していた。愛のために身を引くことを選んだのだから。 「なら、何を迷う?相手の気持ちか?」 「……僕の身体は汚れました。それに僕といたら彼は幸せになれないんです」 「人の幸せを勝手に決めてはいかんぞ」 「でも……」 「でも、もない。幸せなんてものは己の中にしかないものじゃ。それをお前さんが勝手に決めたら彼とやらが可愛そうだぞ」  涙を雫は拭うと、しっかりと顔をあげた。真摯な眼差しがあった。  雫が無意識に告げた彼という言葉にも嫌悪を見せず真剣に話してくれる水瀬がいる。その言葉が雫にしっかり届いた。 「ホントだ、僕何してるんだろ……僕、和樹さんと話しをしなきゃ」  何度も頷き水瀬に礼を述べた雫に、先ほどまでの陰りはどこにもなかった。

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