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別れの足音 side T

葉祐君と初めて会ってから、間もなく2か月になろうとしていた。葉祐君は学校が始まり、お休みの日以外は、早い時間に来なくなったけど、それでも毎日、お見舞いに来てくれた。何日か前に、夏休みの自由研究に書いたという僕の絵をプレゼントしてくれた。絵の右下には、小さな紙がついていて、そこには、 『ぼくの友達 4-2海野葉祐』 と書いてあった。僕は嬉しくて、葉祐君が帰った後、その絵をサイドテーブルから出し、一通り眺めては、また、しまうを繰り返していた。そんな僕を見て、絹枝さんが、 「いっそのこと、飾られたらいかがですか?」 とクスクス笑いながら言った。僕はふと我に返り、ちょっと恥ずかしかった。 「冬真さんも、葉祐さんに絵のプレゼントをされてはいかがですか?葉祐さんもお上手ですけど、冬真さんも絵を描くのはお得意ですから...」 「うん。」 次の日から、僕は葉祐君にプレゼントする絵を描き始めた。二人が走っている姿を... それから何日か過ぎ、絵がまもなく完成するという頃、心臓の手術を2週間後に行うことが決まったと、先生から告げられた。寝耳に水の話だったが、僕の心の安定と手術に耐えられる体力がついたら...と水面下で話が進んでいた。 「これが成功して、リハビリをしたら走れるようになるよ!」 「僕...走れるの?」 「うん。今の冬真君の体なら、絶対成功するから!」 走れる...葉祐君と走れる...僕は夢見心地だった。しかし、水を差すように先生が言った。 「だけど...手術はここでは無理なんだ...東京の病院へ戻ることになると思う。」 「えっ?」 僕は動揺した。手術をして、走れるようになりたい。でも...手術をするということは...ここを離れなくてはならない。葉祐君とも会えなくなってしまう... 「手術...しなくても良いです。ここを離れたくないです。」 「でもね、手術をすることは、お祖父様の意思でもあるんだよ。」 「お祖父様の?」 「あぁ。早く健康になって、退院して、学校に毎日行って...普通に子供時代を過ごす冬真君の姿を見たいと。」 「お祖父様は......お元気なんですか?」 「うん。今は落ち着いているよ。でも、何と言ってもご高齢だ。時間は早い方に越したことはないだろ?」 「はい......分かりました...」 「じゃあ、話を進めておくよ。」 先生は出ていった。 「冬真さん...」 絹枝さんが悲痛な表情で僕を見つめた。 「うん...考えていたんだ...そろそろ...葉祐君...返してあげなくちゃ...葉祐君のお友達に。お友達も遊びたいよね...葉祐君も他の子と遊びたいよね...」 「冬真さん...」 「僕に付き合わせてばかりじゃ...葉祐君...可哀想だから...」 長い沈黙の後、 「絵...完成させちゃいましょうか?」 絹枝さんがポツリと言った。 「そうだね...絹枝さん?」 「何でしょう?」 「葉祐君には...僕から話すから...それまで黙っていて...」 「はい。」 それきり二人とも何も言葉を交わさなかった。 突然聴こえて来た別れの足音に、僕は眠れぬ夜を何度となく迎えることになる...

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