8 / 258
お見舞い #1 side Y
昨日買ったプラモデルを抱え、冬真君がいる3階の病室を目指す。エレベーターが3階に到着し、扉が開くと...そこには別世界が広がっていた。親父のいる2階の病室なら、エレベーターのそばにはナースステーション。3階には受付があった。病院の制服を着た女性が立ち上がり、お辞儀をした。俺は焦って、2~3歩後ずさった。
「どちらにお伺いですか?」
「えーっとぉ...部屋番号はわからないんですけど...岩崎冬真君のお見舞いに来たんです。」
「お名前を教えて頂けますか?」
「海野葉祐です。」
「海野様ですね?伺っております。一番奥の5号室へどうぞ。」
「はっ...はい。ありがとうございます。」
受付の女性に礼を言って、親父の病室のある階とは全然違う廊下を進む。木目調の壁と扉...壁には所々絵画が飾られていて、それらが、いかにも威圧感と高級感を醸し出していて、子供心に恐怖を感じた。
5号室の前に立ち、ノックをすると、
「はい。」
と声が聞こえた。絹枝さんだろう。扉を明けて、
「こんにちは。」
と言うと、ベッドに座った冬真君が微笑んでこちらを見ていた。
「冬真君!元気になったんだね!」
「うん。玩具と漫画、貸してくれてありがとう...」
「ううん。元気になって安心したよ!あっ、これ、お見舞い。」
そう言って、ずっと抱えていた包装紙に包まれた箱を手渡した。
「ありがとう...開けてもいい?」
「もちろん!」
冬真君は丁寧に包装紙をはがして、中身がプラモデルだと分かると、とても嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう!」
「明日から一緒に作ろう!」
「作ってくれるの?一緒に?」
「うん。」
「今日からじゃ...ダメ?」
「うん。明日から!そうすれば、また明日が来るのが楽しみになるだろ?」
「そっか...そうだね...」
冬真君が嬉しそうに微笑んだ。それを見て、俺も嬉しくて笑った。それから、絹枝さんの許可をもらい、冬真君と親父の病室に行き、親父に冬真君を紹介した。親父と冬真君も仲良しになった。その時、親父が冬真君の瞳の色が、琥珀色という名前だということと、冬真君の病室が特別室だということを教えてくれた。
親父の退院など、ちょっとした変化はあったが、俺は相変わらず、毎日、冬真君のお見舞いに行った。日曜日には親父も一緒に行ってくれた。冬真君も最初に会った頃に比べると、元気になっていった。元気になったからこそ、俺は冬真君に聞いてみたいことがあった。
「なぁ?冬真君の夢って何?」
「夢?」
「うん。」
少し前の冬真君なら、必ず『死』に関することを言っただろう。もしかして今なら、違うことを言うかもしれないと思った。俺に出来ることなら叶えさせてやりたいと思った。冬真君は、しばらく考え込んだ後、
「そうだなぁ…出来るなら走ってみたいかな。」
と小さく呟いた。
「走る?」
「僕...走ったことないんだ...だから...走るって感覚がよく分からなくて...まぁ...泳いだこともないんだけど...」
冬真君は寂しそうに笑った。
「あのさっ。その夢、いつか俺が叶えてやるよ!どうしたら良いか一生懸命考えるからさ。いつか一緒に走ろうよ!」
「ありがとう...」
冬真君は嬉しそうだった。冬真君の笑顔は不思議だった。男なのに...とても綺麗だったから...
俺達は会う度に仲良くなり、この時間は永遠に続くように思えた。だけど...俺達の別れは、すぐそこまで近づいていた...
ともだちにシェアしよう!