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1.Autumn(10月)
閉店後のとあるバーの一角。店内に客はいない。
店は寂れた飲屋街の端にあり、年季の入った陳腐な外見の五階建てコンクリビル。壁面には二階の窓にまで届きそうなほど蔓草が葉を巡らせ、ほんの僅なヒビにまで絡みついている。
手入れの届いていないビルには明かりが灯っておらず、闇に溶け込んでいた。
しかし、一階だけは蛍光灯が弱々しく点滅しながら床を微かに照らしているようで、ホールに入ってすぐ左側には地下へ続く階段がある。隣にはアンティーク調の椅子。
その上に立て掛けられた看板には「BAR blue spring」と店名が書かれてある。
階段は下へ降りるごとに鮮やかなオレンジ色のスポットライトを反射し、ステンドガラスが円形に嵌め込まれたデザインの扉が客を迎え入れる。
時刻は丑三つ時、営業時間を過ぎていた。
にも関わらずこの小さな店に一人の男が現れる。
「いらっしゃいませ」
カウンターに並べられたグラスを一つずつ磨いていたバーテンダーは、ドアベルの音に気付き作業を一旦止めて来店した客を迎えた。
男は迷わずカウンター席の末端に腰を降ろす。くたびれた闇色のスーツの襟を開きネクタイはしておらず、高身長とガタイの良い体躯。
無造作な黒い短髪の両サイドは刈り上げており一見してただのチンピラといった風貌だが、他と一つ違う箇所は腰から立派に黒光りする漆細工の日本刀の鞘らしきものを下げていることだった。
バーテンダーは磨き途中のグラスを持ったまま男の前に立つ。
「聞きましたよ、喧嘩したんですってね」
彼に対しての第一声は慰めるような声色の心地よい低音で、言葉は静かな店内に浸透した。スーツを着た男はカウンターに片肘を着きぶっきらぼうに答える。
「べつに、つまんねぇことだしよ」
「行動を共にしなければ、パートナーの意味がありません」
バーテンダーは肩を竦め苦笑する。その話は今はしたくないと、男は遮った。
「そんなことより桜野さん、仕事、ください」
バーテンダー桜野はグラスを背後にある棚に並べると苦笑したまま腕を組む。
「1人で出来る仕事はありませんよ」
「内容を先に聞かせてくれ」
「お断りします。仕事の内容は私が選んだ依頼主以外には何があろうと秘密厳守であり、それが仲介屋である義務だからです」
「あー、はいはいそうでしたね…」
定型文のような仲介屋の御法度。うんざりだと言わんばかりに大きな溜息をつくと、漆黒の男は舌打ちと共に椅子から立ち上がった。
「チッ、今回も食いっぱぐれかよ…」
その顔に哀れんだ桜野は眉尻を下げる。
「あなたの事は信頼していますが、力量を買いかぶることは死に直結します」
「…」
「パートナーを見つけてはいかがですか?…サルジョーさんは新しい相手と共に中国に行きましたよ」
サルジョーとは男の元パートナーであり、つい先日喧嘩別れした相手だ。三年間の付き合いはいとも簡単に終わりを迎えた。その終わり方の呆気なさに、白島は腹を立てていた。
「そうらしいな。俺にはもう関係ねえ。今更新しいパートナーなんて見つけられっか」
「紹介しますよ」
その言葉につられたのか、もう一度振り返った男の目には興味の色が映り始めていた。
「私は仲介屋です」
声音は自信に満ち溢れている。
「白島さんと意気投合するという保証はできません。なにせ彼はとても変わった方ですから」
黒い男は小さく苦笑した。
「変わり者には慣れてるつもりだけどな…」
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