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21.Micaela(ミカエラ)

(――コイツ…前より強くなってる…!) 「運び屋ァ!そのなまくら刀抜いてみろよォ!」 「ッ…」 (いや、そうじゃない…躊躇いが無くなったのか――) 逃げる隙さえ与えず絶え間なく仕掛けてくる攻撃を防ぐだけで反撃の余地が無い。鞘に触れた鎌の刃が表面を滑り、もう一本が白島の背後からワイヤーを伸ばして囲うように襲いかかる。なんとかくぐり抜けようと踏み込んだ矢先、アシバの武器が太腿から脇腹までを切り裂いた。 (速い…!) 肉を削がれる手前、間一髪で後退するも、衣服ごと皮膚が裂け血液が滲む。 「チッ…っ」 一瞬の油断をついて鋭い鎌鼬が左腕を掠り、さらにワイヤーが巻きつく。そのまま引っ張られたかと思うと足技をかけられ地面へ勢いよく叩きつけられた。 「ぐ!ッぁ」 鳩尾に膝蹴りをくらい、アシバが馬乗りになって身体を押さえつける。振りかざした鞘は呆気なく奪われ手の届かぬ所へ投げ捨てられた。 「斬れない刀なんて無意味じゃねェかァ、なァ?お飾りだろォ?」 「ッカハ、…うッ!」 首の付け根に鎌の切っ先をあてがわれ動きを封じられるとぐっと顔を覗き込まれた。相手の呼吸が直に伝わる。 「罠だと分かってて来るんだからよ、賢いとは思えねえなァ、お持ち帰りされる気になったのかァ?」 「…ぬかせ、」 その時、頭上で銃声が聞こえ、押さえつけていた男が弾かれたように飛び退いた。 「白島!」 戻ってきたテルがアシバに向けて発砲した後、転がっていた刀を拾う。 「大丈夫か」 「すまん助かった…。もう一人は殺ったのか?」 「いや…」 テルは首を振り前方を睨む。刀を受け取り同じ方向を見ると、アシバの隣に黒いフードマントをかぶった人影が立っていた。背中にライフルとマシンガンを担いでおり、どうやらテルと戦っていた相手らしい。並んだ敵を見て少年は訝しんだ。 「どうしてあの男が生きている…」 「俺にも分からん…」 二人の会話を他所にもう一人の敵はこちらを振り返るとフードを取った。 中から現れたのは長い赤毛と青い目の外人女性だった。特有の白い肌にはそばかすが散って、愛嬌のある笑みを浮かべた唇とツンとした高い鼻はまだ幼い風貌を残している。15、6といったところだ。ライフルの女は楽しそうに口を開いた。 「アシバ、あのボーイ、なかなか侮れないわよ」 外見にそぐわず明るく流暢な日本語で女はテルを顎で指す。 そーかよォ、と気だるげに返事をしたアシバは白島から目を離さない。 「ガキを殺るのはサムライの二の次でいい。ミカエラ、撃ってくれ」 「OK」 ミカエラと呼ばれた狙撃手は背負っていたマシンガンを構え白島に向ける。二人はエスカレーターに向かって走り下の階へ飛び降りた。 「逃がさないわよ!」 7階フロアにはシャッターの降りていない大型店舗があり、運び屋達は急いで忍び込むと工事の為に積まれた建材の影に身を隠す。 追い付いた女は店に入るなりマシンガンを容赦なく店内で乱射し始めた。 「ほぉぉら出て来なさい!!」 連射される銃弾によって照明が割れ、コンクリートの壁に次々とヒビが入り、弾け飛んだ様々な建材や工具が散乱して室内を飛び交う。 「なんて女だ…」 「俺が行く」 テルが近くへ転がってきた空のペンキ缶をミカエラの居る方向へ投げた。彼女の気が逸れた瞬間、少年は飛び出して銃を撃つ。 直後、ミカエラの背後から現れたアシバが弾を払いテルに向かって突進してきた。慌てて飛び退くもアシバとテルの体格差は歴然で、接近戦では明らかに不利だった。 小さな身体を蹴飛ばし、とどめを刺そうとした男の背に今度は白島が迫る。避けた相手にセメント用の砂を投げて視界を遮るとテルを抱えて駆け出す。しかし、そこをミカエラが狙っていた。 「捕まえたっ!」 彼女の放った弾が白島の片足に命中した。衝撃に足元がもつれ床へ倒れこむ。痛む足を見ると、撃ち抜かれているわけでは無く、小さな注射器のようなものがふくらはぎに深く突き刺さっていた。 そこから凍るような冷たさが全身へ伝わる。 すぐさま引き抜き立ち上がろうとするが急な脱力感に見舞われた。 「ふふ、麻酔弾よ」 「白島!」 彼女の利き手には麻酔銃が握られている。 「っくそ!」 鞘を杖代わりに強靭な精神力で力の入らない身体を叱咤し、なんとか起き上がる。テルが援護射撃をしつつ煙幕弾を撃った。 「ワォ、熊ならとっくに寝てるわよ」 「なんてタフな野郎だァ」 たち込める白煙の中、赤猫組の感嘆を背に走り出すもふらつく身体は重く、視界が揺れていく。二発目の麻酔弾が背に刺さり堪え切れずに体が地へ伏せた。 「しっかりしろ!」 テルは必死に揺さぶり起こそうとするが大人の男の体は重く一緒に連れていく事ができない。白島は苦し紛れに少年の背を押した。 「大丈夫だ…ッ、あいつらは俺を殺さない…、いいから逃げろ…!」 既に敵が迫って来ている。少年は相方を置き去りに、悔しげに一度振り返るも煙幕を焚き続け6階へ続くエスカレーターを降りた。 「ガキはオレが始末する」 アシバがテルを追いかけていく光景を最後に白島は瞼を閉じた。

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