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第1話

偶然と言ったらそれまでかもしれない。 出会ったことも、別れたことも、再会したことも。 何も特別なことではない。 しかしこれを偶然と言うにはあまりにも出来過ぎているように感じ、渡された紙を持つ手が僅かに震えた。 二度と、会うことは無いだろうと思っていたのに。 俺はこの時ばかりは、心底運命の女神とやらを憎まずにはいられなかった。  * 夜のオフィス街。 目を向ければ昼も夜も道路を車が行き交い、街並みはにわかに活気立つ。 この眠らない都市では空がどんなに暗くてもビルから洩れる煌々とした光が消えることは無く、夜景のイルミネーションを際立てる。 高々とそびえ立つビルは街全体を覆うように数え切れないほど多く存在し、さながら巨大な迷宮と化していた。 その内のあるIT企業の会社のビルで俺、谷口界斗は働いている。 「コーヒーでもいかがですか谷口課長?」 「ああ…、すまない」 悶々と一人デスクを睨みつけていた俺に気を遣うように女性社員が話しかけてきた。 時刻は午後十時。 とうに定時は過ぎているため、社内には残業で残っているこの女性社員以外みんな帰宅してしまっている。 卓上が片付けられている所から見て、どうやら彼女ももうすぐ帰宅するのだろう。 手渡されたコーヒーの入ったカップを覗き見ながらそんなことを思っていると、不意に彼女が俺のデスク上に置かれた資料を興味深そうに見てきた。 「あ、これ新入社員の名簿ですね。確か…明日から入社でしたっけ?どんな人が来るのか楽しみですよねー」 「そ、そうだな…」 明るく笑いながら新入社員名簿の紙をペラペラとめくる彼女とは裏腹に、俺は『明日から来る新入社員』の事で頭がいっぱいになっていた。 名簿内に見つけた彼の名前。 違うとは思いたいが十中八九、明日会うその男は俺の知っている彼だろう。 何故かそう確信めいたものが胸中で渦巻いていた。 「この『小杉山 崇弘』っていう人、他社からの転勤…しかもかなりいい役職に就いていたのに?」 「…!勝手に見るな!」 「す、すみません…っ」 彼女は急に怒鳴りだした俺に驚き、名簿をデスクに返すと一目散にこの場から逃げるように走って行った。 まさかピンポイントで彼の名前を出されるとは…。 我に返り彼女に罪悪感を覚えながらも明日からの仕事場での生活をどうしようかと考え、俺は右手で自分の細身の眼鏡を外し席から立つと、オフィス街の夜景の見える大枠の窓に手をついた。 「落ち着け…。まだ奴と決まった訳じゃないだろうが」 絶景を目の前に俺は大きく深呼吸をし、深く目を瞑った。 胸騒ぎがする。 虫の知らせとでも言うのか、昔から悪いことの予感だけはよく当たった。 突如襲われる焦燥感に戸惑う。 外は相変わらず人工の光で包まれ、忙しなく動いていた。 嵐の前触れを感じて不安な気持ちを振り切るよう乱暴に髪をクシャッと掻き、俺はただ景色を見つめる。 平穏な日々に別れを告げるようにいつまでも、飽くことなく…。 男の名前は『小杉山 崇弘』。 俺の高校時代の同級生で友人、だった。

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