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第32話

車は、映画館が入るビルの近くのコインパーキングに止めた。 景は後部座席にあった自らのコートとマフラーを身に付けて、サングラスを掛け直す。そのまま足早にそのビルに入って、二人でエレベーターに乗り込んだ。 景の言うように、言っては悪いが今にも潰れてしまいそうな廃れたビルで、こんな時間なのにも関わらず人が少なかった。 映画館へは、上映時間を少し過ぎてから場内に入った。はじめのうちは予告が流れていたから、本編を見る分には支障は無かった。 映画を見終わった後、ビルを出て、近くの居酒屋に行こうかと景が提案してくれたから、俺はそれに賛成した。 幸い周りにバレる事は無く、店の席に着く事が出来た。 俺だけ飲むのはなんだか忍びないけど、景は気にしないで、と言って勝手にビールを頼んでしまったから飲まない訳にはいかなかった(言い訳)。景はもちろんノンアルコールビール。 「覚えててくれたんやね。あの映画、気になってるって言うてた事」 前回話した時にポロっと言っただけなのに、景はそれを聞き逃さなかったらしい。 「うん。僕も面白いなと思ってたから、どうしても連れて行きたくて」 景のその言い方に違和感を覚えた。 面白いなと、思ってた? 「え?景、もしかして観た事あったん?」 「うん。実は試写会に呼ばれて、公開日前に」 「えぇっ!?」 そんな事、一言も言わなかったのに。 もしかして、俺のために? 「ごめん……俺全然知らんで、浮かれとって……」 「どうして謝るの? 二回観れたし、こちらとしてもありがたいよ。修介の満足気な顔も見れたし、一緒に観れて良かった」 「あ、うん……」 景は職業柄か、それとも生まれつきの性格なのか、どうやら人を喜ばせる事が普通の人よりも長けているらしい。 嬉しい反面、何もしていない自分がなんだか情けなくて落ち込んでしまうけど、無理やり笑顔を作った。 「景ってホンマ凄いんやな。格好良くて、気も利いて、演技も上手やし。俺には無いもの、いっぱい持ってる」 「ううん、そんな事無い。修介だって僕には無いものを沢山持ってるよ」 「えっ?嘘やろ。そんな事ある訳無いやんか」 「フフ。随分と自己評価が低いんだね。 修介は、ちゃんと自分で決断してこっちに上京して来たんでしょ?それって凄い行動力だよ。大学で勉強して、友達も沢山作って、バイトもしてちゃんとお金稼いで。全部修介が自分で選んで築き上げて来た事だよ。凄いと思わない?」 それを聞いて俺は考え込む。 上京は、元彼を忘れて新しく人生をやり直すって決めただけなんだけど、そんな事言えない。 「そんな事言うとったら、景の方が凄いやんか」 「僕はたまたま運が良かっただけで。もしあの時スカウトされてなかったらって思うとゾッとする。将来の夢なんて特に無かったし。とりあえず目の前の仕事を全力でやるだけで精一杯で、気付いたらここまで来てたって感じ。だから、ちゃんと考えてるのは修介の方だと思うよ?」 何だか凄く褒められているようで嬉しいけど、うーん、でもなぁ、と俺は痒いところに手が届かないような焦ったさを感じて、上手く言葉に出来ずに腕を組んだ。
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