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第34話

車内にはバニラの甘い香りが漂っていた。 景のタバコの匂いだ、と気付いた。 運転席に座る景が、エアコンの操作をしながらハンドルを握って息を整えている。 しばらくお互い無言で、俺は景の仕草をドキドキしながら見ていた。 (景の指って、長くて好きやんなぁ……) 小指と人差し指に指輪を嵌めていた。 俺だったら絶対似合わないようなシルバークロスの指輪も、景だったら様になっている。 景は体を動かし、背もたれに寄りかかった。 「今度、僕の家に来なよ」 「へっ?景のうち?」 「イヤ?」 突然の事で驚いたけど、我に返って咄嗟に頭を横に振った。 前から思ってたけど、景が何か質問する時、そうやって首を少し傾けて顔を覗き込む癖、やめてほしい。 格好良過ぎて、直視出来ないから。 「来月の頭にでも、どう?」 「あ、うん!俺はいつでも」 「良かった。家だったら、今みたいに走る必要は無いよ」 「ふっ、そやね」 景の腕がこちらに伸びて来て、俺の頭に触れた。 髪の毛を少し摘んで、毛先へと流す。その一連の動作は、毎回俺の心を激しく揺さぶる。 俺はそれがバレてませんようにと祈りながら、顔が赤くなりながらも平然を装うんだ。 「……実家のポメラニアンは、名前なんて言うん?」 「ん?モコ。可愛いでしょ」 「俺の実家の猫も可愛ええで。ニャム太言うんやけど」 「ふっ」 「なんで笑うんや」 まだまだ話が盛り上がりそうだったけど、終電もあるから、そろそろ帰ることにした。 家まで送っていくと何度も言われたけれど、ここまで来てくれただけで充分だからと断って、車を降りて、またね、と言って別れた。 帰り道、景の事をずっと考えていた。 いつかは景にも俺の事、包み隠さず話せる日が来るといいな、と。 それともう一つ。 恐るべし、藤澤 景。 イケメンなのに、なんであんなに性格も良く出来ているのか。 世界七不思議に入ると思った。

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