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第76話 side景
「あ、見て、猫。可愛い〜」
ふと横のベンチを見ると、プクッと太った野良猫が気持ち良さそうに伸びをしていた。
人馴れしているのか、全く逃げる様子も無かった。
「こんなところで、誰か飼ってるのかな?」
佐伯さんがスタッフの一人に訊くと、その隣のスタッフが口を開いた。
「あぁ、さっきここの学生が言ってましたよ。最近餌をやっちゃって可愛がったら、どこからともなくやってくるようになったって」
「そっかー。可愛い」
僕はそのやり取りを聞きながらタバコを押し付けて火を消すと、ポケットからスマホを取り出し、カメラを起動して、その猫の方に向けた。
「あれ?藤澤くん、猫好きなんだ。犬派じゃなかったっけ?」
「猫が好きな友達がいるので、送ってあげようかなと思って」
「へぇ」
何枚か撮ってからスマホをしまうと、佐伯さんは目を輝かせてニコッと笑った。
「彼女に送るのっ?」
「え?違いますよ。彼女いないってこの間言ったじゃないですか」
「だって〜、なんだかニコニコしてたじゃん!今!」
「……してないですよ」
「嘘だね。してたよ。というか藤澤くん、最近変わったよね?昔はもっと物静かでとっつきにくいなって感じた事もあったけど、なんだか話しかけやすくなった。優しい表情してるし。この間だって藤澤くんの方からご飯誘ってくれたし、物腰が柔らかくなった気がする」
「……そうですか?」
「うん。最近、何かいい事でもあったんだ?」
マネージャーにも指摘されるし、佐伯さんにまでバレてしまうなんて、僕はなんて単純なのか。
やっぱり、自分でも気付かない内にあの時の言葉が身体中に沁みついているのかも。
「……友達が、僕の事信頼してるとか、会えて良かったって言ってくれて。別にお別れの挨拶じゃないんですけど。普段、あんまり口に出してそんな事言うような人じゃないから、なんだか嬉しくて」
最近電話もあまりできていないし、会う予定も立ててないけれど、こうやって猫を見たり、彼が嫌いなサーモンを見たりすると、彼の喜んでる顔とか驚いてる顔とかが思い出されて、つい笑ってしまうんだ。
佐伯さんは目を細めて笑って、僕の体を肘で何度も小突いた。
「へーえ。早く付き合っちゃえばいいじゃん」
「だから、男友達ですって」
佐伯さんは僕の12個上だから、僕が弟のように見えるようで、よくからかったりしてくる。
生涯独身を貫いてやる!とこの間酒の席で豪語していたけれど、僕は知っている。
実は彼氏募集中で、合コンが好きだという事を。
明日の夜はゆっくり時間が取れそうだから、彼に電話してみようかな。
そう考えながら佐伯さんの隣を歩いて再度食堂の方へ移動した。
その最中、僕のスマホが反応した。見ると、噂をすればの彼からの着信だった。
こんな時間に珍しいな、と思いながらも、なんだかこちらの考えていた事が伝わっていたような気がして嬉しくなった。
僕は部屋の隅に移動して電話を取った。
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