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第141話
彼には間違い無いのに頭では否定している自分がいた。けれど、気付いた時には震える指でボタンを押していた。
「はい……」
『あ、修介。来ちゃった』
声を聞いた途端、胸が震えて、涙が出そうになった。
久し振りに聞いた、この低くて色っぽい声。
景は間違い無くそこにいるんだ。
俺は信じられないような思いで、また辛うじて声を発する。
「来ちゃったって……」
『ねぇ、開けてくれる?なんだか具合悪くて……』
「えっ?」
途端に、玄関の外からゴホゴホッと激しく咳き込む声が聞こえて来た。
まさか倒れちゃうんじゃと思い、すぐに玄関の方へ向かった。
素早く鍵を回してドアレバーを押して開けると、爽やかな笑顔をこちらに向ける景と目が合った。
「うっそー」
景は俺を見下ろす形で、まるで挑発するかのように軽く舌を出す。
「こうでもしないと開けてくれないかと思って」
「……!」
騙されたんだと認識した途端に恥ずかしくなって、ドアを閉めようとドアレバーを慌てて引くと、景は素早く身体をねじ込ませてドアが閉まるのを防いだ。
ガン! という金属音が鳴り響く。
「ちょっと、閉めないでよ!」
「なっ、なんで俺ん家知ってるんよ?!」
なんとか閉めたくてドアノブを掴んで引こうとするけど、景の力には勝てない。
押し問答の末、いとも簡単に片手で扉を全開にされてしまった。
「翔平に聞いたよ。なんで何度も連絡してるのに電話に出ないわけ?メールも無視だし」
「……だって……」
手の力が抜けた。
今までのいろんな想いを一言で伝えるには難しい。
また好きになってしまうから出なかった、なんてはっきり言える訳じゃ無いし。
視線を下に向けて黙り込んでいると、痺れを切らした景はフゥと溜息を吐いた。
「まぁいいや。修介、今からドライブ付き合ってよ」
「え……今から?いや、俺明日バイトやし……」
「奇遇だね。僕も明日仕事」
景は怒りに満ちているというわけでは無かった。
なんだか余裕があるような、自信があるような。
景は一体何を考えているのだろうか。
もう俺の事が面倒臭くなったから、最後の思い出作り?
「支度してよ。出てくるまで、車でずっと待ってるから」
「え?ちょっと、景……」
景は俺を中に押しやって、ガチャリと扉を閉めてしまった。
階段を靴底が叩く音を聞きながら、俺は呆然と立ち尽くす。
なんて強引で、自分勝手なんだろう。
そんな事言って、俺がもし出ていかなかったらどうするの?
……景の事だから、本当にずっと待っているんだろうな。
(俺が、景の言う事聞けないわけないやんか)
悔しいけど、行動は早かった。
部屋着から着替えて、薄いコートを羽織り、鍵を持って家を出た。
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