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第140話
「あー、ヒッマやなぁ」
自宅アパートで、残っていた柚子もなかを食べながら、レンタルショップで借りて来た映画のBlu-rayを観ていたけど、全て観終えてしまい途端に手持ち無沙汰になってしまった。
景と出会う前の俺って、何してたんだっけ?
こうやって暇な時間なんて当たり前にあった筈なのに、全然思い出せない。
それくらい、景と出会ってからの日々は満たされていた。
電話して、テレビや動画をチェックして、次に会えるのを楽しみに毎日を生きて。
翔平に、景と仲直りする宣言をしたし、そろそろ景に電話しなくちゃなぁと思いつつ、勇気が出ずについ先延ばしにしてしまう。
長い事リュックに仕舞いっぱなしだったスマホを取り出して、画面を見て驚いた。
景から五度目の着信が来ていた。
時間は最後のBlu-rayを観始めた頃だった。
メッセージアプリも開いてみると、電話に出て。と一言だけ書いてあった。
やっぱり、景は優しい。
きっとこんな俺に謝ろうとしてくれているんだ。
俺は電話を掛けてみようと試みるけど、指がなかなかボタンを押さない。
今まで何度も電話してくれていたのに、一回も出ていない。
蹴った事、佐伯さんと付き合ってるって決めつけた事、泣いて責め立てた事、謝る事がいろいろありすぎて、何から言えばいいのか……
その時、外から車の排気音がブルブルと音を立てて自分のアパートの前で止まったのが聞こえた。
多分誰かが、コインパーキングに車を停めたんだろう。
しばらくして、カンカンカン、と階段を靴が叩く音が締め切った窓の外から聴こえてきた。
何となく俺の家の前でその足音が止まったなと思ったら、やはりピンポーン...とインターホンが鳴らされた。
俺は立ち上がり、キッチンの隅へと向かう。
そしてテレビドアホンの画像を確認して、通話ボタンを押そうと右手を伸ばした時だった。
ドアの向こう側にいる人が誰なのか一瞬で分かって、喉の奥がつまった。
その男性は深く帽子を被っていて、表情は読み取れない。
でもその口元は、景そのものだった。
そんな筈無い。彼がこのドアのすぐ向こう側にいるなんて。
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