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第264話
エレベーターに乗り込んだ途端、俺は思い出した。
「あっ、指輪……」
「あぁ、転がってたから拾っておいたぜ」
タケさんがポケットから指輪を取り出したから一安心したけど、申し訳なかった。
べたついてなかったかな……と心配になったけどそんな事は聞けず、そのまま返してもらった。
景はエレベーターの中でも俺の手首を離そうとはせず、無言だった。
外に出てから、タケさんはじゃあ、と言った。
「俺、桜理んとこ行ってくるわ。景ちゃんは修介の事送ってくでしょー?」
「うん。タケ、本当にありがとう」
「いーよいーよ。今度メシ奢ってよー」
「あ、あの、タケさんっ、本当に、ありがとうございました」
横から俺が言うと、タケさんはまた笑って、じゃあねーと手を振り行ってしまった。
二人きりになった途端、沈黙が流れた。
景は未だに俺の手首を掴んで離さない。怖くて、景の顔が見れなかった。
俺は唇をぐっと噛んでからその静寂を切り裂いた。
「あの、景。助けてくれて、ありがとう……」
そう言うと、景は手を離して俺の顎に手を添えて、そのまま唇を親指でなぞった。
少し切ったであろう個所をぷにぷにと指で押してくる。
目を細めて、何とも言えない悲しげな表情をしていた。
きっと、俺と朝井さんがキスをしたなんて、言わなくても分かってるんだろう。
泣きそうなその顔に胸が痛くなるけど、景は俺を安心させる為か、すぐに表情を柔和にさせた。
「さっき、ありがとね。あの人にいろいろと言ってくれて。嬉しかったよ」
「あ……」
今更、さっき自分が朝井さんに子供みたいな反論をしていた事に気付き、気恥ずかしくなる。
景はニコリとして、俺の手を引いて歩き出した。
「僕の家に行こう。タクシー拾うから」
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