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第263話

朝井さんが俺のパーカーに手を掛けて、チャックを下ろし手を滑り込ませた時だった。 幻聴かもしれないけど、外から足音が近づいてくるのが聞こえた。 でもそれは幻聴ではなく、どんどんと大きくなってくる。 朝井さんもそれに気付いたようで、手の動きを止めた途端、ドアが勢いよく開けられた。 その向こう側には、さっき俺が名を呼んだ、愛しい人。 その後ろにはタケさんがスマホを握りしめ、この状況を見て目を丸くさせていた。 景は室内に入るなり、朝井さんの首根っこを掴んで俺の体から引き離す。 よろけながら立ち上がる朝井さんの胸倉に掴みかかり、右手に力を入れて拳を作ったから俺はぎょっとしたけど、俺よりも早くタケさんが止めに入った。 「わーっ、景ちゃん!さすがに殴るのはまずいよ!」 タケさんが二人を引き離している間に俺は上半身を起き上がらせ、乱れた息を整えた。 た、助かった…… パーカーのチャックを上げると、手首が痛んだ。なんだか捻ってしまったようだった。 景が俺の元に近づいて来て、俺の唇を親指で撫でた。 「大丈夫?」 低くて頼もしい声を聞いて、ようやく安心出来た。 うん、と頷くと景も安堵の表情を浮かべる。 見ると景の額にじんわりと汗が滲んでいて、酷く息切れしていた。 きっと俺の事を懸命に探していてくれたんだ。それが嬉しくて、今度は安堵の涙をほろりと流した。 朝井さんはそんな俺たちに向かって言い放った。 「よく分かったなぁ。ここだって」 景はピクリと方眉を動かすと、朝井さんに視線を移した。 「随分と探しましたよ。桜理は今頃あなたのマンションを訪れているはずです。タケがいなかったらここまでたどり着いてなかったでしょうね。交友関係が広いタケにいろんな方と連絡を取ってもらって、あなたと関係を持った男性達にたどり着きました。決まって出てくる店の名前はここでしたし、ここなら人に会わないですみますからね」 「へぇ」 朝井さんはタケさんの方をちらりと見る。タケさんはその冷たい視線に少したじろいたけれど、タケさんはスマホの画面を朝井さんに見せつけた。 「朝井さん!この事は誰にも言いませんlだから、このまま修介を開放してあげて下さい!」 画面には、俺の上に乗っかる朝井さんの姿があった。 朝井さんはぐっと唇をかんでから、もう一度景に視線を移して言い放った。 「ムカつくんだよな、お前のその目。事務所の力でここまで来れたようなもんだろ?努力なんかしなくて才能だけで生きてるような奴って、俺本当に嫌いなんだよね」 「違いますっ!」 俺は自然と口から零れていた。そんな俺に景とタケさんは固まっていた。 「景はっ、才能だけでここまで来てるんじゃないんですっ!言わないだけで、朝井さんが知らないだけで、見えないところで沢山努力してるんですっ!俺は知ってます、景がいつもどれだけ頑張ってるのか……景の事、悪く言うのはっ、俺がっ許さないですから……っ」 早口になりながら言葉が溢れる俺の肩を、景は優しくポンポンと叩いて、ニコリとした。 そのまま俺を立ち上がらせると、手を引いて何も言わずに部屋を出ようとする景に、朝井さんは自嘲気味に笑った。 「いいよ。一発殴っても。俺お前の一番大事な人に嫌な思いさせちゃったんだぜ?憎いだろ?」 「殴りませんよ」 景は冷酷に微笑して朝井さんを上から見下ろした。 「殴る価値も無い」 「……言うねえ」 「今度はこんな形じゃなくて、演技で勝負して下さいよ。まあ、僕が負けることは無いですけど」 「楽しみにしてる」 二人で意味深に微笑み合ってから、タケさんを先に部屋から出して、景は俺の手を引いてその場を後にした。

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