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第269話

部屋着を借りて着替え、ベッドに横になっていると、景が寝室の中に入って来た。 景は置いてあったリモコンを取り、部屋の明かりを少し暗くする。 その様子を、目だけでじっくりと観察した。 風呂上がりだから髪はしっとりとしていて、コンタクトを外して度が入った黒縁の眼鏡をしている。 白くて薄いTシャツに、太めの緩いパンツ。 長い脚がすらっと伸びている。 ありきたりな格好でも、この人だと何故こんなにも格好良く見えるのか。 こういうふとした瞬間に胸がドキドキしてしまう。 「景、やっぱ格好ええなぁ……」 「何いきなり?」 景は笑いながら俺の右隣に入って、肘を立てて手で頭を支えた。 見ると景の手には、水の入ったペットボトルが握られている。 「水、飲む?」 「……飲む」 口を尖らせて、困ったふりをする。 多分、普通に飲ませてはくれないんだろう。 景がペットボトルのキャップを開けて水を口に含んだから、眼を閉じて、唇が来るのを待った。 唇から生暖かい水が流れ込んでくる。俺は何回かに分けて、コクコクとそれを飲み込んでいく。喉が鳴る度に、景の舌が俺の口内に入ってきた。 水が無くなっても唇は離れない。水のお陰で潤されて、いつまでもキスしていたくなる心地よさだった。 でも景の方から唇を離されてから、俺は瞼を持ち上げた。 「ごめん、眼鏡、邪魔だったね?」 心臓が止まるかと思った。 さっき朝井さんの胸ぐらを掴んで殴ろうとしていた人と同一人物だなんて想像も出来ない。 それは甘くて優しいとびっきりの笑顔で、俺の事をいつも可愛いって言うけど、今の景の方が何十倍も可愛い。 「景、テレビでもそんな顔すればいいのに。めっちゃファン増えるで?」 「えー、やだよ。修介だからこんな顔になっちゃうんだよ」 ファンは修介だけでいいよ、と今度は頬にキスをくれた。 「色々あって疲れたでしょう。そろそろ寝ようか」 「うん」 景は眼鏡を外してサイドテーブルに置くと、枕に横向きに頭を置いて寝転がる。 その体に擦り寄り、これ以上ない程に密着する。脚を絡ませ、頭を首元に埋めた。 景はそんな俺を見て、頭を撫でたり、怪我をした手首をさすったりしてくれた。 「多分、修介が起きる頃には僕はいないと思うけど、ゆっくりしてっていいからね」 「ごめん、忙しいのに、泊まらせてくれて。ほんま、迷惑かけてしまって……」 「いいから。もう気にしないでよ」 上目遣いで見ると景は俺の髪を梳かすように指先を遊ばせる。 俺はやっぱりこの人の隣が安心するな、と再確認してから呟いた。 「なんか、こうやって一緒に寝るのって新鮮やな」 「そうだね。この間は修介が先に寝ちゃったしね」 「だって……」 「修介がいるとあったかい。仕事が落ち着いたら、いつでも泊まりにおいでよ。一人じゃ寂しくて」 景は仕事が忙しいようで、この先二ヶ月くらいはハードスケジュールだ。 ゆっくりデート、というのは当分出来そうに無いから、俺が時間を見つけてこのマンションに来ることにしよう。あくまで、景の負担にならないように、迷惑はかけないように。 「うん。じゃあ、今度暇見つけて泊まりにくるね」 「うん。ありがと。じゃあおやすみ」 軽いキスをして、俺は眠りについた。 景の甘い香りを嗅ぎながら。

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