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第314話 side詩音

藤澤さんから連絡があった時、まさかこんな日が来るなんて、と目の前の現実が夢のようだった。 『やっぱり今からそっちに行ってもいい?』なんてセクシーな声で訊かれて、ノーと言える人なんてこの世にいないんじゃないか。 マネージャーの粋な計らいで、僕の隣に座ってくれたし。 未だにドキドキする。 緊張はしなくなったけど、大尊敬している人と肩を並べていると、心臓がどうしても早鐘を打つ。 けど……。 来てくれたのは凄く嬉しいけど、藤澤さん、さっきからどことなく元気が無い。 俺はあえて気付かないふりをして、明るく努めるようにしている。 藤澤さんをこんな風にするなんて、と心に黒い靄がかかっていた。 その矛先は、藤澤さんの恋人である、修介さん。 いくら事情があるとは言っても、連絡も無しにいきなり会えないだなんて、ドタキャンにも程があるだろう。 折角、藤澤さんの誕生日なのに。 修介さんって、大学生だって言っていた。 大学に通ったことは無いからよく分からないけど、就活してるって言ったって、そんなに忙しいのかな。 藤澤さんの誕生日よりも大事な事? 七月二日が終わるまでには、まだ時間があるのに。 俺だったら、例えどんなに仕事で遅くなったって、その日のうちに必ず会いに行ってお祝いすると思う。 タクシーでも電車でも、何でも使って。 そういえば、最近、修介さんからの連絡が減ったと言っていた。 修介さんは、もっと大事にしたほうがいい。藤澤さんの事…… 「詩音はさ」 「……あ、はい」 藤澤さんの事、こっそり覗き見ていたはずなのに、今はばっちり目が合っている。 いつから気付いてたんだろう。 俺が勝手にモヤモヤしながら、ずっと藤澤さんの事見てたって。 恥ずかしくて逃げ出したくなった。

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