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第315話 side詩音

藤澤さんは俺に問いかけた。 「どんな人がタイプなの?」 「タイプ……ですか。うーん、明るくて優しければ特に」 「これだけは譲れないっていうのはある?」 「えぇ、これだけは……? そういうのも特には無いですけど、何でも話してほしいですよね。随分前に付き合っていた彼女が、あんまり口に出して言う人じゃ無くて。俺が仕事で忙しすぎたのが悪いんですけど、後になってから、あの時本当は寂しかったって言ってきて。結局喧嘩別れしちゃったんですけど、だったらその時に言ってくれって思っちゃいました」 「あはは。そっか。僕も恋人には何でも話してほしいかな。隠し事とかされて、僕は知らないのに友達は知ってるっていうのがちょっと嫉妬しちゃう」 「あぁー分かります! 一回他の男に相談してたって知って、俺も嫉妬しちゃいました。じゃあ、藤澤さんと修介さんは、何でも話せるような関係なんですね?」 藤澤さんは宙を見つめて紫煙を吐き出した。 あ、そうでも無いのかな。 藤澤さんはまた俺と視線を合わせると、ニコリと不敵な笑みを浮かべる。 「実はね、あるんだよ。まだ修介に話せて無い事が」 「え?」 「僕の秘密。知りたい?」 「秘密?」 藤澤さんの秘密って、何だろう。 この五年、藤澤さんを追いかけてきた俺は、だいたいの事は知っているはずだ。 SNSだってほぼチェックしている。 出演したドラマや映画も、全部観ている。 たとえ二時間のうちの五分程度しか出演していないような作品でも。 はたから見ればちょっと怪しいファンかもしれない。 真顔になって考えこんでいると、藤澤さんは煙草をもみ消した。 「詩音には特別に教えちゃおうかな」 そう言うと、藤澤さんは俺の肩を掴んで、顔をこちらに寄せてきた。 ほんのりとバニラの甘い香りがする。 いきなりの事で心構えが出来てなかった俺は、盛大に照れてしまう。 そして、耳元で小さく囁かれた。 「実は僕、-----」 「――え?」 藤澤さんは俺の肩から手を引いて、またニコリと笑った。 「知らなかったでしょう」 「え、え!はい、全然!そうだったんですか?」 「うん。タケや桜理もこの事は知らないと思うよ」 タケって、石倉 猛さんか。 桜理さんは一度舞台で共演した事がある。 二人とも藤澤さんの大親友だ。 そんな二人や恋人にも話していない事を、俺にだけ話してくれただなんて。 俺、ちょっと嬉しい。 いや、ちょっとどころか、凄く嬉しい。 「なんでそれを、俺に話そうと思ったんですか?」 「ん?何でだろう。ちょっと酔ってるのかも。なんてね。詩音は、周りにバラす事も無いし?」 藤澤さんは、修介さんの事を話してくれたあの日と同じ目をしていた。 全く迷いも曇りも無く、俺を見つめてくる。 あぁ、俺、この世界に入って良かった。 辛い事なんて散々あったし、何度も辞めようと思った。 努力しても報われない日々も続いた。 でもそんな辛い日々なんて、藤澤さんのその笑顔のお陰で一瞬で吹き飛んだ。 こうやって、藤澤さんの誕生日をお祝い出来ている俺は幸せだ。 (修介さん。今日だけはいいですよね。藤澤さんの隣) いつまでもこの時間に終わりが来ませんように……気付けばそう願っていた。

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