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第325話
景の馬鹿。
……景の馬鹿!
心の中でそればかりを繰り返しながらマンションを出た。
外に出ると、強い日差しが照りつけて一瞬頭がクラっとしたけど、とりあえずフラフラと歩き出した。
少し歩いただけでも額に汗が滲んできたから手で拭った。
――せっかく久々に景と二人でいられるっていうのに、あんな喧嘩腰で言われて、台無しじゃないか。
すぐに戻りたくは無かった。
いっそこのまま帰ってしまおうかとも思った俺は、自然と駅の方へ向かっていた。
スクランブル交差点に着くと、沢山の人でごった返していた。
人々の喧騒、店から流れるポップな音楽、車の行き交う音やクラクションの音……。
信号待ちをしながらそれらの光景をぼーっと眺める。
[そんなに都合よく話聞いて、優しくして、彼女の王子様にでもなったつもり?]
そんなんじゃない。
ただ、助けたかっただけなんだ。
優越感に浸っていたわけでもない。ただ、力になれればいいなって思った……
分かってるんだ。自分勝手な事をしたって。
でも、景なら分かってくれるかと思ってた。
それならしょうがないねって、笑って返してくれるかと思ってた。
甘かったんだ。俺が、景の優しさに甘え過ぎてた。
景の負担にはなりたくなくて、嫌われたくなくて。
だから景に電話するなんて悪いっていつも思ってた。
ふと顔を上げて電光掲示板を見ると、企業の宣伝広告が流れていた。
CM明けに、まさに今悩みの種の相手の顔がドアップで映し出されたから泣きそうになってしまった。
それは映画の宣伝だった。
恋愛もので、景は病気がちの女の子に一途に恋する高校生役を演じている。
あんなエロい顔した高校生が実在してたら大問題だなってくらい、景は色気たっぷりに演じているのが早くも話題。
もちろん、キスシーンだってある。
演技だって分かっていても、そういうのを知る度に、胸の内に黒い感情が沸き起こってしまう。
でも景はその分、俺にたくさんの愛情をくれた。
離れていても、景は言葉でちゃんと伝えてくれていた。
景の言う通り、女優さんと飲んだりする時は誰よりも先に俺に報告してくれていたんだ。
隣で信号待ちをしていた大学生くらいの女の子二人組が、掲示板に視線を向けながら話し始めた。
「あっ、藤澤 景」
「やばーい。格好良すぎ。絶対見るこれ」
「今誰と付き合ってんだっけ?この人」
「ちょっと前の噂は佐伯紗知子だったけど、これに出てる女優と凄く仲良くしてるみたいだから怪しいかもって、この前ネットに出てたよ」
俺はこっそり聞き耳を立てて会話を盗み聞きしてしまう。
そうそう、先月、大勢で飲んでいた時に写真を撮られたみたいで、それがあたかも二人でいるかのようにスクープされてしまった。
景曰く、相手の女優さんの所属する事務所が、話題作りとドラマの宣伝用に、わざとそう見えるように雑誌記者に撮らせたらしい。
藤澤 景というブランドを悪用した、売名行為。
そういうのってよくある事だというのも聞いた。
この事でも、景は電話ですぐに謝ってきた。
ごめん、ネットに載ることになるけど、僕には修介だけだよって。
(……馬鹿は俺かぁ)
画面の中の景と目が合って、俺は無性に恥ずかしくなる。
目を細めて、少しだけ口角を上げて微笑んでいた。
その顔は、エッチの最中に俺に意地悪するような顔だったから。
途端に景に会いたくなった。
やっぱり、景のところへ帰ろう。
このまま逃げ出すなんて絶対にダメだ。
帰って、謝ろう。
俺に言ってくれてたみたいに、俺もちゃんと言わないと。
人混みをかきわけて、来た道をまた小走りで戻って行った。
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