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第338話
「……景?」
伊達眼鏡をした景が、なぜかすぐそこの玄関先に立っている。
なんで?なんで?!
そこで気付いた。莉奈の手に触れたままだったって事に。
条件反射で、バッと手を引っ込めた。
その瞬間、血の気が引いた。
あ、やばい。違う。
こんな事したら、余計に誤解されるじゃないか。
やましい事なんて何も無いのに、一瞬で冷や汗が出てきた。
頭が真っ白になりながらもすぐに立ち上がり、景の元へ駆け寄ると、景は持っていた紙袋をこちらに差し出して来た。
「ドア開いてたよ?ちゃんと確認しないと。それとこれ、忘れ物。大事な物なんでしょう?」
それは今日説明を受けた会社から持って帰ってきた資料だった。
今の今まですっかり忘れていた。
わざわざ、これを届けに来てくれたの?
心臓がドキドキと言っていた。
景の顔をまともに見ることが出来ず、俺は視線を床に落としながら声を発した。
「あ、ありがと……」
「え、嘘。もしかして、藤澤 景?」
恐る恐る景からそれを受け取っていると、背後から莉奈の驚いたような声が聞こえた。
景は視線を莉奈に向けて、ニッコリと微笑んだ。
「いつも修介と仲良くしてくれてどうもありがとう。実は僕達、友達なんだ。ごめんねお邪魔しちゃって。僕はこれで。どうぞ、ごゆっくり」
景は莉奈にそう伝えると、俺の方には目もくれずにドアをパタンと閉めてしまった。
それはまるで俺を拒絶しているかのようで。
目が合わなかった事、それに景の言い方。ごゆっくり、と強調していた。
不安で胸がいっぱいになる。
昼間の喧嘩を思い出した。
景はあの時みたいに、また笑顔だった。
きっと、怒ってる。相当怒ってる。
俺は見られてはいけない瞬間を見られたような気がする。
いや、たぶん気がするんじゃなくてこれは絶対に見られてはいけない場面だ。
というか絶対に誤解してる。
咄嗟に紙袋を床に置いて、スニーカーを履きながら莉奈に言った。
「ちょっと、待っとって!」
「あ、はい」
俺の慌てた様子に莉奈はキョトンとしていた。
きちんと履けないまま、踵を履きつぶした状態でドアを開けると、景はすでに階段を下りて大通りの方に向かって歩き出していた。俺は二階から景を呼び止める。
「景っ!」
絶対に聞こえてるはずなのに、景は振り返らずに歩みを止めない。
やばい。なんかこれ、やばい。
少々パニックになりながら頭でそればっかりを繰り返して、階段を急いで降りようとしたら、片方の靴が脱げて下に転がっていってしまい、余計に焦った。
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