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第342話 side景
――僕は、何故あんな事を。
修介に向かって、なんて事を言ってしまったんだ。
バイバイって、どんな気持ちで言った?
これっぽっちも思ってもないのに。修介と別れたいだなんて。
どうしたらいいのか分からなかった。
修介の、莉奈を見つめるあの顔。
彼女を慰める姿。話し方。
いつもは涙脆いくせに、莉奈ちゃんの前だとあんなに男らしくなっちゃって。
僕がちゃんと守っていくって決めたのに、そんなの、修介にとっては必要ないんじゃないかって勝手に思ってしまったんだ。
修介の言っている事は全部本当だろう。
泣いていたから、手を握ってあげた。
告白の返事は、大事な人がいるからと言ってちゃんと断った……。
あの子と修介が付き合う確率なんて0だ。そんなの分かってる。
分かってるんだ。なのに大馬鹿だな、僕は。
いくら恋人といえど、自分の一部ではなく、所詮他人なんだ。
修介には修介の考えがあるのに、それを遮断してしまうなんて。
気に入らないからって攻撃して、これじゃあ莉奈ちゃんの暴力彼氏とまるで一緒だ。
あまりの自分の幼稚ぶりに、怒りが抑えられずに指先が震えた。
血が出そうなくらいに手をギュッと握って、唇も噛んだ。
誰にも触れさせたくない。修介の心の中も、身体も。
そういう気持ちがきっと、世間では重いとかいうんだろう。
マンションに戻って来れたのは、日付がすっかり変わった頃だった。
また修介に会えると思ってここを上機嫌で出て行った時とは、まるで風景が違って見えた。
ガランとして、シンとして、殺風景な部屋。何もない。
僕の心を表しているかのようだった。
昼間、このソファーで並んでキスをしたのにな。
全部、僕のせいだ。
僕がもっと寛容になれたら。
笑って莉奈の事を受け入れる事が出来れば。
僕が一緒に話を聞いてあげるくらいの余裕さがあれば。
これが、自分を見つめ直す為のいい機会になるのかもしれない。
当分連絡をするのはよそう。
僕が大人にならなくては。
だから、彼に執着しては駄目なんだ。
修介から貰ったライターを箱から取り出して、手に取ってみた。
すこし手触りが悪くて、ザラザラしている。
使っているうちにこのザラザラは無くなって滑らかになり、艶やかに濃くなっていく。
水や湿気に弱く、すぐにシミになってしまうから、丁寧に扱っていかなければならない。
僕たちの関係のように、丁寧に。
無意識にひっくり返して、裏側を見た。
そこには、kei.fと筆記体で小さく掘られていたから驚いた。
詩音から貰った物には掘られていない。
僕の為を思って、入れてくれたのかな……。
その文字をなぞって、再度箱に戻してから蓋を閉じて、テーブルの隅にやった。
次にその箱を開くのは、僕がちゃんと今より成長できた時だ。
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