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第347話 side詩音
「桜理、今日来れなくなったって」
「え。仕事ですか?」
「エリさんが具合悪いみたいだから、看病するって」
優しいな、桜理さん。彼女さんの為に。
え、てことは藤澤さんと二人?
いや、そこは別に緊張する事は無いだろ。
今まで何度か二人きりになった事はあるし。
「あ、俺は別に大丈夫ですよ?桜理さん来れなくなっちゃったのは残念ですけど」
笑って言ってみたけど、藤澤さんは心ここにあらずという表情で、じっと俺の顔を凝視するから戸惑ってしまう。
え。嘘だろ。
もしかして、俺と二人なのは嫌なのか?
「あ……すいません。今日は、帰った方がいいですかね?」
はしゃいでしまった自分がとても恥ずかしくなって、藤澤さんの顔色を伺いながらおずおずと腰を上げると、藤澤さんは焦ったように俺を引き止めた。
「あ、いや、大丈夫だよ。ごめんね。ゆっくりしていって」
笑ってそう返してくれたから、少し安堵した。
ボーっとしてしまっただけかな?
中途半端に立ち上がってしまったから、俺はそのまま歩いてダイニングテーブルの方へ移動した。
椅子に着席すると、気付いた藤澤さんは視線を合わせてニコッと微笑みかけてくれる。
俺も同じようにそうすると、藤澤さんは俺に背を向けて、冷蔵庫から取り出したチーズをカットし始めた。
視線を滑らせていると、テーブルの隅に、俺がプレゼントしたオイルライターと煙草の箱が置いてあるのが目に入った。
「あ!なんだか前見た時とはちょっと色が変わってきましたね!変わらず使ってくれてるんですね。俺、嬉しいです」
それに手を伸ばして親指で表面をなぞって、質感を確かめた。
前触った時よりも、表面のザラザラは無くなっている気がする。
藤澤さんは俺の声に振り向いて、ライターをジッと見つめた。
一瞬だけど、藤澤さんの瞳が揺れたような気がした。
でもそれは本当に一瞬の出来事で。
「うん。ちゃんと使ってるよ。大事にね」
やっぱり今日の藤澤さん、どこか変だ。
これを渡した日の藤澤さんの表情とは大違いで、無理をして笑っているって感じ。
「あの、藤澤さ……」
「そうだ、詩音。今度、佐伯さんと初めて会うんでしょう?」
聞き出そうとしたら、タイミングよく被せられてしまったから、仕方なく話を合わせた。
今度一緒に仕事をする、女優の佐伯 紗知子さんの話になった。
佐伯さんと藤澤さんは何度か共演していて、お互いをよく知っているようだから、佐伯さんについて色々と教えてくれた。
そのまま二人でソファーに移動して、出してくれたお酒を頂いた。
変わらず仕事の話をしていたけど、会話が途切れたところで、タイミングを見計らって俺は切り出してみた。
「藤澤さん。もし悩んでる事とかあったら、吐き出しちゃってください。俺で良かったら、話聞きますよ?」
前にも言った台詞だった。
あの時は軽く流されてしまったけど、今日はちゃんと強い意志を持って視線を合わせた。
藤澤さんは少し動揺した様子で視線を逸らして微笑んだ。
「ありがと。詩音はいつも優しいんだね」
「誤魔化さないでください。今日の藤澤さん、なんだかいつもと違いますよ?無理して笑ってるって感じで。俺、藤澤さんの事ずっと昔から見てきたから分かります。何かあったんですか?」
「……」
「俺じゃあ、頼りないですか?藤澤さんの力になりたいんです」
「頼りないだなんて、思ってないよ。僕が大人になれないのがいけないんだ」
藤澤さんは困ったように片方の指先でこめかみを押さえながら目を瞑った。
藤澤さんがこんな風になるなんて。
仕事のせいじゃない。
だって藤澤さんはどんな事があろうとも、仕事の事では絶対に弱音を吐かない。
多分、きっと。
「修介さんと、何かあったんですか?」
「……ふふ。僕、最低なんだ」
観念したかのように、藤澤さんは笑って頷いてから俺に悩みを打ち明けてくれた。
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