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第349話 side詩音

目の前にこんなにも弱っている人がいるのに、ただ見つめるだけで何にもしてあげる事の出来ない歯痒さからか、じんわりと涙目になってしまった。 それを誤魔化すように両手で顔を拭ってから俺は笑顔を作った。 「向こうから、電話とかあったんですか?その日以来」 「うん。でも、出れなかった。僕の気持ちがまだ追いついて来ないんだ。言葉だけでは大丈夫だよっていくらでも言えるけど、胸の奥では、そんなこと全然思っていない」 「……」 「いつになればこの気持ちが晴れるのかは分からないけど、それまでは彼に執着しないように、なるべく一人にならないようにしてるんだ。一人になると、つい考え込んじゃうからね、修介の事」 だからさっき、ここには帰って来てないって言っていたんだ。 この部屋に一人でいると、修介さんの事を思い出してしまうから。 「でも結局頭から離れないんだよね。いくら別の場所にいたとしても、常に彼が頭の中にいて。だから最近、夜眠れなくなっちゃって」 「えっ!」 それを聞いた俺は、藤澤さんの肩を押して、強引にソファーに寝そべらせた。 藤澤さんは何事かと焦って上半身を起き上がらせる。 「え、ちょっと、何?」 「だからですよ!藤澤さん、よく見たらクマできてるじゃないですか。マネージャーが言ってました。質のいい仕事をするには、睡眠が一番大事だって!俺なんかに構ってないで、ちゃんと寝た方がいいですよ!」 「だからといって、今寝るわけには」 「俺の事は気にしないでください!気持ちを吐き出したから、ちょっとは楽になったんじゃないですか?今だったらきっとすぐに寝れますよ!」 俺は藤澤さんの肩を再度押しつけた。 こんなところ修介さんに見られたら、それこそ誤解されるだろうなとは思ったけど、しょうがない。 何度かそれを繰り返しているうちに、藤澤さんはしばらくすると諦めたのか、もう起き上がらなくなった。 「詩音、ごめん。ここに誘ったのは僕の方なのに、逆に気を遣わせちゃって」 「仕事忙しくしてる上に、終わった後も休まずにいるなんて、身体壊しちゃいますよ?また今度、話聞かせて下さい。俺、藤澤さんがちゃんと元気になってくれないと悲しいです」 「ごめん、ありがとう」 「今度、気晴らしに遊びに行きましょうよ!藤澤さん、身体動かすの好きですよね?ボルダリングとか、ビリヤードとか、遊べる所」 「うん、そうだね」 「あ、寝ろって言ったのに話続けてすみません。俺の事は気にしないでくださいね。藤澤さんが寝たら、適当に帰りますから」 「……詩音、本当に、ありがとう」 藤澤さんはゆっくり瞳を閉じた。 しばらくしたら、ちゃんと眠ってくれたようだったから俺は安堵した。

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