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第350話 side詩音
「ちょっと失礼しまーす……」
寝室らしき部屋のドアを恐る恐る開けて、中をチラッと覗いた。
キングサイズくらいの大きめのベッドが中央に置いてあったから、そこからタオルケットを一枚掴んで部屋を出て、ソファーで眠る藤澤さんの身体に掛けてあげた。
膝を折ってかがんで、藤澤さんを同じ目線になる。
藤澤さんはさっきと変わらず、落ち着いた表情で眠っていた。
「藤澤さん……」
綺麗な顔を見ながら、藤澤さんが撮影中、俺に言ってくれた言葉の数々を思い出していた。
[詩音はきちんと自分の力で乗り越えることが出来るよ。ここまでたくさんの試練を乗り越えてきたんだから、今回だってきっと大丈夫だよ]
不安にさせないように、きっとたくさんの気遣いをまわりにしてきたんだ。
そんな藤澤さんを、本当に尊敬する。
藤澤さんの細い腕の方へ自分の手を伸ばしてみたけど、途中で降ろした。
出来る事ならば、この手を握ってあげたい。
大丈夫ですよって、思い切り抱きしめてあげたい。
でもきっと、藤澤さんにとってそんな事をされたいのは、この世でたった一人なんだろうな。
けれど……。
修介さんって、本当に藤澤さんに見合った人なのかな。
俺だったら、こんな思いさせないのに。
俺だったら、藤澤さんの事こんなに苦しめたりしないのに。
――俺だったら?
(俺……)
そうか。
俺、藤澤さんの事、好きなんだ。
それは尊敬の意味でだと思っていた。
でも今、きっとそれとは違うって思ってる。
だから俺、こんなに修介さんを僻んでいるんだ。
膝の上に乗った手をぐっと握りしめた。
(帰ろう……)
気持ちに気付いてしまった以上、ここにはいられない。
だって好きな人は俺の目の前で、こんなにも無防備に眠っているんだから。
素早く立ち上がって荷物を手に取り、リビングを後にしようとしたら、藤澤さんのスマホが鳴り出した。
ダイニングテーブルに近づいて画面を覗く。
修介さんからの着信だった。
北村 修介と表示されている画面を、俺は眉間に皺をよせて凝視した。
三コールなったところで、藤澤さんに視線を移す。
藤澤さんは熟睡していて、着信が来ている事に全く気付いていない。
五コールくらい鳴ったところで、俺はそのスマホを持ち上げていた。
何をするつもりだ?
頭できちんと考えるよりも前に、スマホの画面をタップして、気付いたら耳に当てていた。
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