350 / 454

第350話 side詩音

「ちょっと失礼しまーす……」 寝室らしき部屋のドアを恐る恐る開けて、中をチラッと覗いた。 キングサイズくらいの大きめのベッドが中央に置いてあったから、そこからタオルケットを一枚掴んで部屋を出て、ソファーで眠る藤澤さんの身体に掛けてあげた。 膝を折ってかがんで、藤澤さんを同じ目線になる。 藤澤さんはさっきと変わらず、落ち着いた表情で眠っていた。 「藤澤さん……」 綺麗な顔を見ながら、藤澤さんが撮影中、俺に言ってくれた言葉の数々を思い出していた。 [詩音はきちんと自分の力で乗り越えることが出来るよ。ここまでたくさんの試練を乗り越えてきたんだから、今回だってきっと大丈夫だよ] 不安にさせないように、きっとたくさんの気遣いをまわりにしてきたんだ。 そんな藤澤さんを、本当に尊敬する。 藤澤さんの細い腕の方へ自分の手を伸ばしてみたけど、途中で降ろした。 出来る事ならば、この手を握ってあげたい。 大丈夫ですよって、思い切り抱きしめてあげたい。 でもきっと、藤澤さんにとってそんな事をされたいのは、この世でたった一人なんだろうな。 けれど……。 修介さんって、本当に藤澤さんに見合った人なのかな。 俺だったら、こんな思いさせないのに。 俺だったら、藤澤さんの事こんなに苦しめたりしないのに。 ――俺だったら? (俺……) そうか。 俺、藤澤さんの事、好きなんだ。 それは尊敬の意味でだと思っていた。 でも今、きっとそれとは違うって思ってる。 だから俺、こんなに修介さんを僻んでいるんだ。 膝の上に乗った手をぐっと握りしめた。 (帰ろう……) 気持ちに気付いてしまった以上、ここにはいられない。 だって好きな人は俺の目の前で、こんなにも無防備に眠っているんだから。 素早く立ち上がって荷物を手に取り、リビングを後にしようとしたら、藤澤さんのスマホが鳴り出した。 ダイニングテーブルに近づいて画面を覗く。 修介さんからの着信だった。 北村 修介と表示されている画面を、俺は眉間に皺をよせて凝視した。 三コールなったところで、藤澤さんに視線を移す。 藤澤さんは熟睡していて、着信が来ている事に全く気付いていない。 五コールくらい鳴ったところで、俺はそのスマホを持ち上げていた。 何をするつもりだ? 頭できちんと考えるよりも前に、スマホの画面をタップして、気付いたら耳に当てていた。

ともだちにシェアしよう!