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第351話 side詩音
「はい」
『あっ、景?! やっと出てくれたんや!あの、今って、家におる? 実はすぐ近くに来てて。景とちゃんと、話したいんやけど……』
修介さんの声を聴いて、少し拍子抜けした。
藤澤さんが好きになって付き合うくらいだから、きっと話し方も藤澤さんに似て落ち着いてるんだろうな、とか勝手に思っていたんだけど。
電話の向こう側にいる人は、随分と焦っているようで声も弱々しく感じられた。
不安で仕方が無いというような喋り方。
初めまして。俺は日高詩音という者です。
藤澤さんは今、部屋で寝ています……
そう言おうと思ったはずなのに、そのセリフは出なかった。
その代わりの言葉を、俺はいつもより喉を開けて発した。
「いるよ」
『ホンマに?じゃあ、あと二十分くらいしたらそっちに行ってもええ?』
「うん、大丈夫」
『あ、良かった……じゃあ、待っとってくれる?』
俺は一体何を考えてるんだろう。
マネージャーに、藤澤さんの声に似ていると言われた事があるからって、いつもより低い声を出して、藤澤さんの声色に似せて話しているだなんて。
修介さんはきっと、藤澤さんと話してると思ってる。
「うん。待ってる」
『あ、ありがと!じゃあ、また後でっ』
そう言って修介さんは電話を切った。
俺もスマホをテーブルの上に置いて、眠る藤澤さんに視線を移した。
勝手に修介さんからの電話に出て、しかも藤澤さんのフリをしてしまった……。
少し呆然としていたけど、直ぐに俺はグッと拳を握って口を真一文字に結んだ。
もうすぐここに、修介さんが来る。
でも俺は、藤澤さんの事は起こさないつもりだ。
俺は、修介さんと、何を話すのか。
それはさっき藤澤さんのフリをした時点で、もう自分の中ではっきりとしていた。
この揺るぎない気持ちを、修介さんに伝えよう。そう思っていた。
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