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第376話
景はどこに隠し持っていたのか、気付けばいつもの黒縁眼鏡を掛けていた。
芸能人って、大変やなぁ。
いつか一緒に映画館デートした時にも言ったセリフだけど、しみじみそう感じてしまう。
「じゃ、こっちから」
俺は裏道の方を指さして、コンビニへと歩き出す。
少し離れて歩いていたはずなのに、気付けば景は隣にいて、急に手を繋がれた。
「ちょっ、景、何してるん?」
「何って、手繋いでるんだけど」
「やなくて、こんな事して、バレたらどないすんの?」
「大丈夫。こんな時間に人なんて歩いてないよ」
うまく隠すから。
そう言って指を絡ませてくる。
確かに俺たち以外に人なんて歩いてなくて、辺りもまだ薄暗い。
見られたとしても、まさか藤澤 景がこんな時間にこんな田舎にいるなんて誰も思わないだろうし、景と俺とじゃ背丈も二十センチくらいは違うから、一見してみればただのカップルと思われるだろう。
少し落ち着かない気持ちだったけど、結局、コンビニに着くまでに誰一人として出会わなかった。
コンビニに入っても、レジにいた店員さんは景だという事に全く気付いていない様子だった。
ペットボトルの水を手に取って振り返ると、すぐ後ろにいたはずの景がいない。
少し移動すると、彼は雑誌コーナーの前に立って、ファッション雑誌を立ち読みしていた。
その光景がとても新鮮で。
立ち読みする姿でさえかっこいいけど、芸能人も立ち読みするんだ、となんだかおかしくなって話しかけた。
「お客さん、立ち読み禁止ですよ?」
「うん」
なんだか集中しているみたいだから、それ以上邪魔しないようにお菓子コーナーに移動する。
コンビニに来ると必ずチェックしてしまう。
端から順に見ていくと、お気に入りのチョコが並んでいたから、うーんと唸りながら買おうかどうか迷ってしまった。
「何見てるの?」
「わっ、ビックリしたー」
景にいきなり耳元で囁かれたからビクっとした。
景はニヤリと笑う。
「他に買うものはある?」
そう訊かれて視線を泳がせていると、レジの横にあるコーヒーサーバーが目に入った。
「あっ、コーヒー飲みたい」
「コーヒー? 水買いに来たのに?」
「見たら飲みたくなったんよ。景も飲む?」
「じゃあ、飲もうかな」
レジへと二人で向かう。
「いらっしゃいませー」と金髪の男性店員は気怠そうに言って、ペットボトルのバーコードをスキャンした。
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