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第436話 番外編 ニャム太は見ていなかった
「なぁ、前の人、ちょっとカッコええよね」
「うんうん、背すごく高いし、脚も細くて長いし。モデルさんやろか?」
「なんかあの人に似とらん? 藤澤 景」
「あっ、私も思った!雰囲気すっごく似とるよね」
「もしかして本物ちゃう?」
「アハハ。ウケる。こんな田舎に、藤澤 景がおるわけないやろ」
いえ、実は、いるんです。
電車のホームを歩きながら、少し後ろを歩く女子二人組の声に心の中でツッコミを入れた。
ヒソヒソ声でしゃべってるみたいだけど、全部筒抜けだ。
景は片手に荷物を持ちながら、階段を颯爽と登る。
俺は重いボストンバックを持って息を切らしながら、改札の外へ出た。
景の実家に行ったひと月後、俺の地元、和歌山にやってきた。
途中、新幹線の中で眠っていたとはいえ、さすがに身体中が痛くなった俺は大きく伸びをした。
階段を下り、東口に出る。
オカンはここまで車で迎えに来てくれるらしいけど、まだ来ていないようだ。
「ここで待っていれば来てくれるの?」
「うん。あ、そういえば、景だっていうのは言うとらんからね。大学の友達が一緒に行くって事にしてあるから」
「お母さん、ビックリするかな」
「ビックリし過ぎて卒倒してまうんやない?」
オカンは藤澤 景の大ファンだ。
そんな憧れの人が息子の恋人だなんて知ったら喜ぶのか悲しむのか、想像は全くつかないけど、単なる友達だって事にする予定だし、きっとオカンは素直に喜んでくれるに違いない。
今日の景はいつにも増して格好良い。
髪を切ったから、少しとがった耳が出て、そこにいくつかのピアスやカフスをしている。
まだ肌寒いから厚手のグレーのロングコートを羽織って、首にはネイビーのマフラーをぐるぐる巻きにしているから、顔の小ささが余計に目立つ。
佇まいもとてもスマートだ。
俺の家に一泊する予定なのに荷物は少量。
俺はボストンバックにギュウギュウに詰め込んで来たのに。
「景、さっきの女の子達の会話、聞こえとった?」
「あぁ、うん。振り返って眼鏡取ってみようかと思ったよ」
「そんなんしたらパニックになんで。東京駅で追いかけられたやろ」
「そうだね。あれは撒くの大変だったよ」
東京で早速女子のグループにバレてしまった景は「新幹線の中で落ち合おう」と一言残してダッシュで逃げたから、俺はおいてけぼりにされた。
新幹線乗り場なんて慣れてない俺は、危うく違う新幹線に乗り込んでしまうところだったのだ。
やっぱり芸能人と付き合うのって大変だ。
でもまぁ、無事にここに来れてひと安心だ。
それに、景が俺の生まれ育った地元に来てくれただなんて、ちょっと感激。
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