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第439話
景が慣れた手つきで写真集の表紙にサインをすると、やっぱりオカンの黄色い声が部屋中に響き渡った。
ついでにどこにあったのか、色紙にもサインさせていた。
完全に息子よりも景にしか興味が無いオカンは、景を椅子に座らせて質問攻めにしていた。
俺は途中まで同席していたけど、あまりにも俺に話題が回ってこないからげんなりとして、席を立った。
きっとオカンも、景と二人きりになれた方が嬉しいだろう。
俺はもう一度、ニャム太を探しに家の中をウロウロし始めた。
トイレやバスルームはいないと思うけど、一応パタパタとドアを開ける。
二階の父の部屋を勝手に開けるのは気が引けたから、そこを通りすぎて奥の部屋のドアを開けた。
ここは昔からこうだ。
棚の中には漫画や雑誌、さらには父の趣味のCDや映画のDVD、埃の被ったオーディオプレーヤーが置いてある。
俺が昔使っていた学習机とセットだった椅子が部屋の隅に置いてあったから、そこに腰掛けてみた。
すると、背後にあるカーテンが揺れて、ニャム太が顔を覗かせた。
「ニャム太ー!こんなとこにおったんか。探してたんやで」
手を伸ばすと、指に鼻を擦り付けてくる。
俺をじっと見つめた後にもう一度カーテンの後ろに隠れてしまったから、棚の上にあったおもちゃの猫じゃらしを手に取って、それをゆらゆらと横に振った。
「遊んだるから、出ておいで」
立ち上がり、部屋の真ん中で左右に振ると、ニャム太は嬉しそうにそれに飛びついたり追いかけたりする。
遊んでやりながら、ニャム太に話しかけた。
「景にもニャム太見せたいんやから、ちゃんと出てくるんやで。あ、景ってな、俺の恋人やねん。めっちゃ格好ええんやで。でもこれは絶対内緒にしとかなアカンで。一緒にいられなくなってまうからな」
モコは俺たちの関係をちゃんと理解してたようにも見えたけど、ニャム太は俺に似てボーッとしてる事が多いから、言ってもきっと分かりっこ無いんだけど。
なんとなくニャム太には言いたくなってしまうのだ。
しばらく遊んでいたら、ドアノブが動いたから、景が来たのかと思って見つめていたけど違って、少し緊張した。
久々に見た、父だった。
俺と同じくらいの背で、今の時代じゃ売ってないような分厚い眼鏡をかけている。
無言で見つめ合ったまま、俺は手だけをニャム太に向かって左右に動かしていたら、父は視線をニャム太に移して呟いた。
「帰ってたのか」
「……あ、うん」
「……そうか」
低い声でそれだけ言って、扉を閉めて行ってしまった。
緊張から、思わず溜め息を吐く。
(そうか、ってなんやねん)
もう少し会話をしようと試みてもいいんじゃないのか。
景のお父さんとは性格も容姿もまるで違うなぁと思ったけど、変わらずに元気でいてくれただけで有難い事だなと思う事にした。
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