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第444話 side景
修介が二階の部屋のドアを勢いよく閉めた音が聞こえた。
僕とお父様は無言で動かずにいたけど、お母様はこの場を和ますように苦笑いをした。
「もう、ホンマいつまでも子供っぽい事しとるんやから。ドア壊れてまうやないの。あぁごめんね景ちゃん。もう一杯お酒どう?」
「あぁ……えっと……」
もう一度チラッと視線を移し、お父様の様子を伺う。
眼鏡が邪魔をして、なかなか表情が読み取れない。
何かを考えているようだけど。
もしかしたら、僕の事を良く思っていないのかもしれないな。だからあまり会話をしてくれないのだろうか。
しかし、このままでいい訳は無い。
一緒に住みたい事を打ち明けてしまった以上、どうにかして許可を貰わなくては。
「あの、良かったらこの辺の道を案内して頂けますか?」
僕は思いきってお父様に声を掛ける。
お父様は驚いたように僕をじっと見上げた後、小さく頷いた。
さすがに緊張した僕は、内心ホッとする。
とりあえず、断られなくて良かった。
コートに財布を入れて身支度をしていると、お父様は横を通り過ぎ、早々と玄関を出ていってしまう。
お母様は「ごゆっくり〜」と無邪気に言いながら玄関で送り出してくれた。
夜になると一段と寒さが身に染みる。
吐き出した息は白く、手足の爪先から冷えてくる。
空を見上げてみると、星が沢山見えた。
東京は街が明るすぎてほとんど見えないから、こんな風に見れたのは久々だった。
静けさ漂うこの土地で、修介は育ったのだ。
あの明るくて愛らしいお母様と、無口で頑固で……誰よりも修介思いのこのお父様に育てられた。
少し前を歩くお父様についていくと、徐に向こうの方を指さされた。
「……あれは、斉藤さんちの畑」
「はい?」
そっちの方に視線を向けるとビニールハウスが見えて、湿った土の匂いもした。
「案内しろって言ったから」
「……あ、はい。そうでした」
「こっちは、河野さんちの畑。夏はトウモロコシが美味いんだ」
「へぇ。そうなんですか」
家にいた時よりも随分と会話をしてくれて、嬉しかった。
さっきの出来事は一旦心の隅に置いておいて、まずは純粋にお父様との散歩を楽しむ事にした。
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