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初ヒートの代償
―― 9月20日(月)
今日もいつもと変わらぬ平坦な1日の始まり。
教室に入ると、いつもは賑やか通り越して
騒音を撒き散らしている数人の女子が珍しく
沈んだ表情で一方の座席を凝視していた。
『―― 今日で6日連続、お休み』
『ホント、どうしちゃったのかなぁ。あつしくん』
『ねぇ、放課後、男子寮にお見舞い行ってみない?』
『それって明らかな”抜け駆け”じゃん。自称後援会
会長の白鳥京香には目ぇつけられたくないし』
『ん~、もうっ! 面倒くさいなぁ~。あっくんは
皆んなのモノって考えには大賛成だけど、これじゃ
告白も出来ないって事じゃん』
そう。
あつしは週が明けてからずっと学校を休んでいる。
2年の時、39度近い熱があっても皆勤賞の
為、ヘロヘロで登校していた奴が、ちょっとや
そっとの体調不良でこんなに長く休むワケはない。
一応、華子先生には”体調不良でしばらく休むと”
寿乃さんから欠席の連絡が入ったらしいが。
あいつ……あれから実家に帰ったのか?
ほんとに体の具合が悪いなら、その原因の一端は
俺にあるのかも知れない。
ホントは俺とのセッ*スなんて望んでなかった
あつしを、オメガの発情フェロモンで惑わせ
無理やり……。
もう、教室には1時間目の先生が来て ――
『えー、では、教科書**ページを開いて』とか
始めてしまったが、俺は高く挙手しながら
”先生っ!”と声をかけた。
「あー、何だね? 桐沢くん」
「俺、早退します」
先生からの返事は聞かず、さっさと席を立って
教室を後にした。
*** *** ***
5月の連休にココを訪れた時は、
まさかこんなに早く・こんな気持で
再訪する事になろうとは、夢にも思っていなかった。
七都芽が重い足取りで門をくぐり、玄関口までの
アプローチを進んで行くと、これから買い物に
出かける様子の国枝家長女・寿乃が玄関から
出てきた。
「あら、珍しい、あつしに続いてなっちゃんまで来る
なんて」
「あつし、具合どうなの?」
「大して心配する事ないわ。男の子にもブルーデーって
あるみたいね」
「あ……ブルーデー、ね……」
「ところで今日は泊まって行けるんでしょ。
腕によりかけて好物作るから」
「ごめん、それがそうゆっくりもして行けないんだ
休み前は生徒会の用事も多くてね」
「あらそ~お、残念。でも、お茶くらいは飲んで
行ってね。私、ひとっ走り*丁目のスーパーに
行ってくるわ。帰ったら一緒にお茶しましょ」
「うん」
寿乃は弾んだ足取りで門から出て行った。
七都芽は1人ゴチる ――
ホントはお茶なんて気分じゃないんだけど。
でも、寿乃が出かけてしまって、家にあつし以外の
誰もいないのは好都合だ。
俺達のやりとりは誰にも聞かれたくなかったから。
*** *** ***
今、七都芽が進んできた玄関は、寿乃の嫁ぎ先・
和泉家の裏口にあたる。
表通りに面している玄関では旦那さんが開業医院
”いずみキッズクリニック”を営んでいるのだ。
そのクリニックも”木と土日・祝日が休診日”
なので、今この家にいるのはあつしと自分だけ。
七都芽が裏玄関の上がり框に靴を脱いで上がった
ところで、ちょうど正面の階段からあつしが
降りてきた。
互いの存在を認めた瞬間、あつしが踵を返した。
まるで、七都芽を避けるように。
それがあまりにもあからさまだったので、
七都芽は酷く動揺する。
「ま ―― 待って、あつし」
その呼びかけにあつしは足を止めたが、
返ってきた声はいつものあつしとは思えないほど
冷淡なものだった。
「何しに来たんだよ」
「な、何って……お前、がっこ休んでるし ――」
「オレだって具合が悪けりゃ休むよっ」
「……」
「用はそれだけ?」
「……あ、あの、あつし……俺、お前に……」
「急ぎの用じゃねぇならまた今度でいいか?
立ってると目眩がしてしんどいんだ」
と、言い捨て、足早に階段を上がって2階の自室に
去った。
七都芽はショックでしばらく茫然自失、立ち竦んで
いたが、後方の裏玄関口でサンダルの動いた
”ジャリッ”という音がして、振り返る。
立っていたのは寿乃。
「ごめんね、立ち聞きするつもりじゃなかったん
だけど……」
「……」
「突然帰ってからあつしの様子も可怪しかったから、
何かあったんじゃないか、とは思ってたけど。
……喧嘩でもした?」
「う、ん……ちょっと、ね。でも、悪いのは全部俺
だから」
「たとえそうなんだったとしても、さっきのあつしの
態度は男 ―― いえ、人間として最低よ。
今のうち話し合いで和解できるなら、した方が
いいわ」
寿乃の言い分が正しいのは判った。
でも、親友として付き合ってきたあつしにあんな
態度を取られ、七都芽は思考が混乱していた。
今、もう1度あつしと顔を合わせても、
まともな話し合いなんて出来っこない。
「寿乃さんにまで心配かけて……俺ってホント最低」
「そんな ――!」
「ごめん、今日はもう帰る」
寿乃の脇をすり抜け、全力疾走で駆け抜けた。
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