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第12話

「では、なぜ貴方は役に立たないなら封印すると私を脅したんですか?」 「僕が……? 君を……? いつ?」  史己がわずかに眉を寄せた。今日一番の表情の変化だ。まるで覚えがないという様子に今度は御影が驚いた。 「もしかして、自覚なかったんですか?」  御影は出会った時の会話を思い出して腕を組んだ。 「貴方は髪は引っ張るし、何ができるのかって威圧的だし、おまけに役に立たないなら封印するなんて脅すから、悪い人だと思いました」  それを聞いた史己はしばらく黙ってうなだれた。 「そんな風に伝わっていると思わなかった。僕はてっきり、うまく話せないから、君に……君に嫌われたかと……」  そこまで言うと、彼は突然眉間にしわを寄せて拳を瞼に押しやった。そして嗚咽を漏らして泣き始めた。 「誰かに嫌われるのがこんなに怖いと思ったのは初めてだ」 「史己……」  肩を揺らして泣く彼が初めて年相応の少年に見えた。許せないと思ったはずの男なのに、御影は気づくと彼を抱きしめていた。  彼はしっかりとこちらの背に手を回すと胸の中に顔を埋めた。 「不安な思いをさせて、ごめん……」  素直に謝られると、御影は小さく笑ってその髪を撫でた。まさかそんな勘違いをしていたなんて。  口下手というには度合いを超えているが、自分のために食事や寝床を提供しようとしてくれたりしていたところを見ると、彼は本当は心優しい人間なのかもしれない。 「史己、私に伝えたいことがあるなら、今改めて聞きますよ」  もう一度彼と言う人間を知ろう。  そう思って、御影は胸の中の少年に問いかけた。すると彼は胸に顔を埋めたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。 「初めて会った時、予想の百倍ぐらい綺麗だと思った」 「はい」 「君が踊ってくれた時、本当は一生見ていたいって思ってた」 「はい」 「会う前から君で抜いてた」 「それは言わなくてもいいです」  ぴしゃりと言うと、史己は不安そうにこちらの顔色を窺ってくる。  あまりの馬鹿正直さに呆れてしまうが、どうやら悪気はないようだ。 「史己、貴方は私に何ができるかと聞きましたね」 「それは君が食事とかトイレとか出来るのかとか……」  弁解を始めた彼の口元に人差し指を添えて黙らせた。そして目尻に残る涙を指で拭ってやる。 「貴方に教えてあげますよ」  初恋をしたばかりの無垢な彼に御影は口角を上げて微笑んだ。 「まずは、デェトの誘いから」 「……うん、よろしく」  その意味が分かると史己もわずかに頰を赤らめて頷いた。そしてその瞳が嬉しそうに細められた。初めて見た彼の笑顔に胸が高鳴ってしまった。  その隙を彼は見逃さず、背伸びをして顔を近づけてくる。 「史己、口づけはまだ早いですよ」  御影が言うと史己は残念そうに背伸びした足を戻した。一瞬でも心を許した自分が恥ずかしい。 「今、デェトからだと言ったばかりじゃないですか」  油断も隙もない彼を諭す。まるで反省していないようだが、これからじっくりと教えていくしかない。  それから御影たちはしばらく話をした。どれも他愛のないことばかりだったが、史己が極端に無愛想なだけで実は心優しい男だと知るには十分だった。  暗くならないうちに、二人は山を降りることにした。  ふと視線が気になって振り返ると、巻物を供えられた先生の墓が二人を見守るように佇んでいた。  完

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