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第11話

 史己は約束通り、御影の行きたい場所に連れていってくれた。  彼は歩いて片道一時間かかる山道を嫌な顔ひとつせず、御影の前を歩いた。  足元の悪い場所を「危ないから」と御影の手を引く。  本気で逢引のつもりなんだろうか。  そんなことをしなくても、狐である御影が人間のように転ぶことなんてない。しかし、彼があまりに一生懸命先導を切るので、御影はその手を掴んでそこまでたどり着いた。  裏山の登山道から少し外れた拓けた丘に、いくつかの古い墓が建てられていた。その中のひとつに、先生の墓があった。 「お久しぶりです。先生」  御影は挨拶をして、その冷たい墓石に手を添えた。そして来る途中で摘んだ花を供える。後ろで見ていた史己が不思議そうに口を開いた。 「君は封印されるのは嫌だと言っていたよね」 「はい」 「伊藤は自分の死期を悟ると、君を身勝手に封印した。自分が死んだ後、他の誰かに君を奪われないために」  史己は先生の日記を読んだと言っていた。なぜ彼が今、その説明をしてくれるのかわからないが、自分を封印した理由は実に先生らしいと感じた。  御影は目の前の墓に向かって微笑んだ。そんな自分を史己は不思議そうに見る。 「君は彼を恨んでないの?」 「……恨んでません。彼にはたくさんのことを教えてもらいましたから」 「御影は僕といるより、『先生』の話をしている時の方が楽しそうだね。封印した方が君にとって幸せなんだろうね」  史己はそんなことを言ってまた脅す。これさえなければ、彼とはいい関係を築けたかもしれないのに。  「そうかもしれません」  わざと自嘲気味に肯定した。墓の前にうずくまったまま、顔を上げずに、御影の後ろに立っている彼に声をかけた。 「ここに連れてきてくれてありがとうございました。これで思い残すことはありません」  墓石に掘られた文字を指先でなぞった。手入れされていないその墓は随分と汚れている。自分もこの忘れ去られた墓のように静かに眠るのだろう。  そうだとしても、ことあるごとに封印すると脅す主人に仕うよりは良い。御影は懐から巻物を取り出すと肩越しに彼に差し出した。 「もう私は貴方に媚びません。言うこともききません。きっと貴方の何の役にも立たないでしょう。封印でも何でも、好きになさって構いませんよ」  そこまで言うと、御影は覚悟を決めて瞼を閉じた。  史己はこちらに近づき、巻物を手に取った。しかし、封印の言葉は唱えられず、それはそっと先生の墓の前に置かれた。そして次の瞬間、耳をくすぐられたような感触がした 「……ッ」  なにか湿った感触を感じて御影は息を詰まらせた。彼が耳に顔を寄せて口付けたのだと気づき、驚いて立ち上がった。 「な……なにを……?」 「今、君が好きにしていいと言ったから」 「まだそんなことを……」  呆れて言葉を失っていると、彼は御影の目をまっすぐと見て口を開いた。 「御影、昨日のことを怒っているなら謝るよ。会ったばかりの男に欲情されたら気持ち悪かったと思う。……ごめん」  表情も口調も普段と何も変わらないのに、なぜかその姿は悲しげに耳を垂らした犬のように見えた。 「次からは、どんな時もなるだけ勃たせないように頑張る」 (この子は一体、何の話をしてるんでしょう……?) 「だから……、封印してもいいなんて言わないで」 「封印したいと言ったのは貴方でしょう?」  もしや、彼は御影がなぜ怒っているのか理解していないんじゃないか? その疑いは、次に紡いだ言葉で確信に変わった。 「僕は……、ただ、否定してほしくて……」  史己の頰に一筋の涙が落ちた。顔を歪ませる訳でもなく、まるでたまたま頰に雨が落ちてきたかのような不思議な泣き方だった。 「史己、泣いているの?」 「涙を流しても無意味だと分かっている。でも、君がいなくなると思うと……辛くて」 「昨日会ったばかりじゃないですか」  そう言うと彼は首を横に振った。 「違う。僕は前から君を知っていた。ずっと前から……君に恋をしていた」  そんな言葉を恥ずかしげもなく、はっきりと告げる。瞬きする度に涙を流す彼がとても綺麗に見えた。 「蔵で伊藤省三郎の日記を見つけた時から……」

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