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第1話

 この頃はぽかぽか陽気だにゃ。尻尾をフリフリ、おいらは散歩中。アスファルトの地面は夏と違ってまだジンワリ温かいだけ。肉球の裏もぽっかぽか。  今朝はご主人さまのお母さんのお母さんにメザシを貰ったから、マイスイートハニーのユキちゃんにおすそ分けに行こう。  口に咥えたメザシからは、ぷぅんといい香りがする。ユキちゃんはいつもドロドロしたご飯しか食べられなくて可哀想だにゃ。  ユキちゃんの家の塀によじ上り、二階にあるベランダにぴょんと乗った。  ガラス戸の向こうにスレンダーボディのユキちゃんがいた。真っ白なショートヘアーのユキちゃんは、きっと穢れを知らない。その辺の年増猫に襲われたことはあるけど、おいらの初めてを捧げるのはユキちゃんだと心に決めている。  ガラス戸をカリカリと掻き、そっぽを向くユキちゃんに存在をアピールした。 「ふにゃっ?」  口からピュッとメザシが飛び出した。いや、奪われたにゃ。あぐあぐと美味しそうにおいらの持ってきたメザシを貪る不届き者は、キジトラ猫のトラ。おいらやユキちゃんと違って野良猫だ。 「何するんだにゃ! せっかくユキちゃんに持ってきたのに! ううっ」  トラはメザシを食べ終わると、舌でペロペロと肉球を舐め始めた。 「ユキはドロドロの飯しか食べねぇよ。野放しにしてるお前の家と違って、ユキの家は厳しいんだ。そろそろ学べ」  大きく背伸びをして、トラはふぁぁと欠伸をした。いつものことながら、おいらのことを小馬鹿にしている。 「へんてこりんなご飯しか食べさせて貰ってないから、たまにはおいしいものを食べさせてあげたいにゃ!」 「知ってるか? ユキの食べてる飯のほうが、カリカリのご飯より高くて栄養もあるんだぜ。それにうまい」 「そんなの、食べ比べたことないユキちゃんにはわからないにゃ」 「ユキにはわからなくても、俺にはわかるんだよ」  トラは去年まで、隣の家の家族と暮らしていた。その家族は居なくなったのに、なぜかトラはこのナワバリに残っている。おいらのとこのご主人さまが“捨てられたんだね”と悲しそうに言っていた。  ご主人さまの心配をよそに、トラは冬をたくましく生き抜いた。時々――いや、度々、おいらのユキちゃんへの差し入れを横取りして。  トラがカリカリと戸を引っ掻くと、おいらには反応してくれなかったユキちゃんがこっちを向いた。 「うにゃん」  ユキちゃんの鳴き声は鈴のように軽やかだ。 「来てくれたの?」  その声はおいらじゃなくトラに向けられている。ユキちゃんは多分、トラのことが好きなのだ。  ユキちゃんもガラス戸をカリカリと引っ掻いた。いつも鍵がかかっていて、戸が開いたことは一度もない。ユキちゃんはおいらや、ましてや野良猫のトラと違って室内猫というものらしい。  新鮮な空気や、そよぐ風や、いい匂いのする花、ぽかぽかのアスファルトを知らない。いつかユキちゃんの知らない世界を一緒に散歩するのがおいらの夢だにゃ。そのためには、トラを排除しなければ!  おいらは、目の前で揺れるトラの太い尻尾にガブリと噛み付いた。

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