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第2話

「ふぎゃっ」  攻撃したつもりだったのに、鼻っ面をトラの太い尻尾で叩かれた。デリケートなおいらの鼻がジンジンと痛む。肉球で優しくなでてみたけど、痛みは引いてくれない。 「何するにゃ!」 「お前が噛み付いてきたんだろ。ケンカ売るならナワバリから出て行く気で売ってこいよ」  その間にも尻尾でペシペシと頰を叩かれる。ユキちゃんが見ているのに酷い仕打ちだ。弱虫だと思われたくない。 「う、売ってやるから下に降りるにゃ。レディの前じゃ本気は出せないにゃ!」 「ふぅん。“無様にやられるとこは見られたくない”の間違いだろ」  一層強い力で叩かれ、涙がジワンと滲む。鼻をスンスン鳴らして涙がこぼれるのを必死にこらえた。 「また来るにゃぁ」  ユキちゃんに腕を上げ、帰る合図する。ユキちゃんは名残惜しそうに戸をカリッと引っ掻いた。 「……もう帰っちゃうの?」  そう言ったユキちゃんの目はトラを捉えていた。おいらのことなんて視界に入ってない。行き場のない思いに、胸がキュウっと切なくなった。  アスファルトの道路に降りると、トラはずんずんと歩いていった。 「どこに行くにゃ!」 「今日はバカみたいに暑くなりそうだから俺の寝床だ。邪魔も入らないし、思う存分ケンカできるだろ」  言われてみればいつもよりも肉球が熱くなってきたにゃ。下手をすると夏みたいに火傷をするかもしれない。肉球が火傷すると、夜になっても歩くのが辛いのにゃ。 「ん〜、わかったにゃ!」 「……ぷっ。バカなやつ」  小馬鹿にする声が聞こえた気がしたけど、肉球がどんどん熱くなってきてそれどころじゃなかった。  トラが寝床にしているのは、トラが住んでいた家の床下だった。通気口の網が外れていて、中に入ることができる。コンクリートの土台を越えて中に入ったトラを追いかけた。  床下は外とは違って、ひんやりと冷たかった。トラはどこかからくすねてきた薄汚れたタオルの上でゴロンと横になる。 「ケンカするんじゃにゃーのか?」 「ケンカしてもどうせ俺が勝つだろ。無駄なことはしたくない」  してもない勝負の結果を決めつけるトラにムカッときた。ペロペロと毛繕いを始めたトラに近付き、爪を出した手で襲いかかる。  トラはおいらの眉間に肉球を当て動きを止めると、フンッと鼻で笑った。 「短い手足をバタバタさせても届かないぞ」 「うう、うにゃぁ! バカにするな!」 「バカにしてない。コケにしてる」 「コケ?! おいらの毛、みっ、緑になってるにゃ?」  コケと同じ色の猫なんて見たことがない。病気になったと思われて病院に連れて行かれたら大変だ。それだけならまだしも、保健所になんて連れて行かれた日には――。  ああだこうだと、足りない頭で色々考える。 「バカか。コケにするって、バカにするのと同じ意味だぞ」 「やっぱり、バカにしてるにゃ! 嘘吐かれたにゃ!」  一生懸命パンチを繰り返しても届かない。うう、悔しい。悔しいにゃ。届かないとわかっていても、男なら一度仕掛けた勝負をやめることはできないにゃ。  そんなおいらを見て、トラはニヤニヤ笑った。眉間にあった手を急に離され、前のめりになる。 「うにゃっ!」  おいらは体勢を整えることができず、薄汚れたタオルに頭から突っ込んだ。

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