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第1話

諦念と失望が常に心に蔓延している。 この世には絵本に出てくるような心やさしき王子などいなければ、自分を救い出してくれる騎士などどこにも居はしない。 (それは自分が可憐な姫君ではなく、男だからだろうか?) 窓辺に寄り、格子と分厚い特殊ガラスに阻まれながらも、近くて遠い外の世界にあるだろう自由に香蘭は想いを馳せた。 磨き抜かれた窓ガラスに、憂いを貼り付けた人形のような顔が写り込んでいる。 いや、人形であれば、もっとうまく自分の感情を隠せるのだろう。 見る者の心によって、表情が変わって見えるように、人形とはあえて無表情に近い作りをしているのだと本で読んだことがある。 鳥籠の中ではすることが限られていて、本から与えられる知識が香蘭の脳に日々蓄積されている。 知ることは楽しい。 だが、その殆どが無用な知識ばかりだ。 「哀れだな……」 香蘭は苦笑し、慰めるように窓ガラスに映る己の頬を指先でなぞった。 月を溶かし込んだような金色の双眸を縁取る睫毛は影を落とすほどに長く、眉も綺麗な柳眉を描いている。 すっと筋の通った鼻に、ほどよく膨らんでいる薄紅色の唇。 作り物めいて見える端正な顔を包み込む黒い髪は、月明かりを受けて青緑色の光沢を放ち、その神秘的な美しさは見るものを魅了するーーーが、それも尾羽には敵わない。 孔雀族の男児の身体的特徴でもある、頸から臀部を覆い隠すほどに長い孔雀の尾羽は最早芸術品といって差し支えない華やかさがある。 薄い胸板に、滑らかな腹部。 わざわざ香蘭の背丈に合わせて特注させている禁欲的な漆黒の旗袍に包まれた身体には、男としてのとしての象徴が確かに備わっている。 だが、これが女を悦ばせる日は来ないだろう。 陽に当たることなく透き通るような香蘭の磨き抜かれた白い肌には、所々薄紅色の花びらが散っている。 季節問わず肌に咲き乱れるその花は、ここ数年枯れたことはない。 (やはり、今夜もまた来たのだな。暫く来なかったから、漸く飽きられたかと思ったのに) コツコツコツと、この部屋へ続く唯一の回廊を踏み鳴らす音を耳に捉え、香蘭はぎゅぅと瞼を閉じた。 心臓がけたたましく音をたてはじめる。 拒絶。嫌悪。憎悪。そしてーーーあるはずのない期待に。 部屋のドアが唐突に開かれる。 来訪を告げるノックがないのはいつものことだ。 「好きな本も手につかないほど、私の来訪を待ちわびていたのか?一人にしている間、退屈させないようにと私が北の国から取り寄せた書物はまだ読破していないはずだが?」 「いつの話をしているのですか?あんなもの、とっくに読み終えました。……それに、私は貴方を待ち望んだことなど、ただの一度もありません」 「可愛げがないな。昔は私が訪れなければずっと泣いていたというのに。なにせお前をここまで育てたのは私だからな。卵から羽化してからここまで、23年。私がお前に注ぎ続けた愛情は計り知れない」 ーーー違う、愛情などではない。執着という名の楔で生まれた時から今日までずっと、私達一族を囲い続けたのはお前たちだろう!! 言えるものなら、そう叫んでやりたかった。 だが、それをいったところで何になるのだろう。 結果として、心まで明け渡していないのだなと指摘され、それならば心まで犯して仕舞えばいいと手酷く扱われるのが関の山だ。 これまでがそうだった。 父も、祖父も、そのまたずっとずっと前の先祖たちも、死ぬまで王宮の奥深くに囚われ続け、一生を終えた。 だが、それももうこの命を最後に、負の連鎖は断ち切れる筈だ。 香蘭は父と同じで男でありながら子を孕めるΩであったが、初めて発情期を迎えてからずっと、華山国の次期王位継承者である龍蓮に夜毎抱か続けているにもかかわらず、孕む気配が一向になかった。 元々獣人は同族以外の者との間には子が出来にくい。 だから、何百年もの昔に王家にその美貌に目をつけられ、山奥でひっそりと暮らしていた孔雀族が一人残らず囚われた結果、繁殖率がのびずに衰退し、とうとう香蘭が最後の一人となったのだ。 それは、香蘭にとって唯一の救いだった。 もう誰も自分達のように生きながら死なずにすむのなら、それは救い以外の何ものでもない。 「愛情?そんなもの注がれた記憶はありませんが?それとも、私が望まぬことを強いるのが貴方のいう愛情というのですか?本当に私を愛しているというのであれば、私をこの檻から解放してください。鳥とは自由に空を翔けてこそ生きているというもの。それだけが貴方が私に出来る唯一の愛し方ではないのですか?」 目を見れば多分何も言えなくなる。だから敢えて背中越しに強気に言い返すも、香蘭の声は無様に震えている。 逆らえないのだ、この男には。 そうなるように、香蘭はインプリンティングされてしまっている。 なのに、時々感情を抑えきれなくなる。 全てを諦めているはずなのに、多分香蘭は完全に諦めきれていないのだ。 もう少し年を取れば、無謀な期待もしなくなるのだろうかーーー? 背後から伸びた腕に香蘭は抱きしめられた。耳元で低く囁かれるそれは、呪詛だ。 「私はお前をここから出しはしない。絶対にだ。だから私は私なりのやり方で最後までお前を愛してやる。お前の身体は私の来訪をいつでも待ち望んでいる。私はお前の渇きを癒せる唯一の人間だからな」 ああ、やはりこの男に私の言葉は何一つ届かない。また一つ、失望が積み重なる音がした。 「香蘭ーーー」 名を呼ばれ、閉じた瞼をゆるりと開ける。 ガラス越しにじっとこちらを見つめてくる龍蓮と、ここに来て初めて視線が絡む。 王と呼ぶにふさわしい男だと思う。 絹で作られた体のラインを強調する衣装に身を包んだ肉体は無駄なく洗練されており、それに見合う研ぎ澄まされた双眸は、他者を率いる事に慣れた者特有の強い光を宿している。誰もが傅くことを当たり前に思っているのがそのまま滲み出た、王者の風格。 それは、龍蓮の父であり、数ヶ月前の戦場で負ったとされる怪我で床に臥せている崋山国の現国王よりも王らしい。 美男美女が多いとされる孔雀族の中でも、これほどの美貌は稀だと褒めそやされてきた香蘭と並び立っても、龍蓮は何ら遜色ない。 「そろそろ発情期が近いと記憶している。子種が欲しいだろ?いい加減、私もお前の子供をこの腕に抱いてみたい。たっぷりとここに注いでやるから、素直に私に抱かれろ、香蘭。孔雀族の血を絶やすことは私が許さんーーー」 龍蓮に『尻を差し出せ』と命じられた途端、頸から生える孔雀族特有の煌びやかで華々しい羽がぶわりと膨れ上がる。 臀部を覆うほどに長い尾羽が、香蘭の意思とは関係なく翼を広げるように左右に分かれていく。 龍蓮の手で裾を捲り上げられた途端、隠された白く小ぶりな双丘が露わになった。 下着は身に付けることを許されていない。 いつでも龍蓮が望むままに身を差し出せと、命じられているからだ。 「今夜こそ私の子を孕め、香蘭」 龍蓮の口元から発せられる声はやはり使役する事に慣れた者のそれで、一切の迷いがない。 香蘭は、この声が何より怖かった。 キッと眦を釣り上げ反抗を示すも、躰は躾けられた通り従順に従う香蘭に龍蓮が満足げに笑う。 刹那、背後から双丘の間に屹立をピタリとあてがわれ、香蘭は狼狽した。 (まさか、慣らしもせずに入れるつもりなのか?!) いつもより急いているのはここに来る足音の荒々しさで何となく感じてはいたが、ここまで性急な挿入は初めてで戸惑うなという方が無理だ。 何を焦っているのか見当もつかないが、受け入れるための下拵えもされず、無理やり捩じ込まれだ途端に生じた痛みに、香蘭は堪らず目を見開いた。 「っんぁあ゛……ぁ…ぅ、くぅう、……痛、ぁあ゛っ」 「息をしろ……そうだ。生憎、ゆっくりとお前を愛でてやる時間はあまりないが、お前のために出来るだけ優しく挿れてやる。お前も久方ぶりに雌としての悦びを愉しめ」 私は雌などではないと声なき声で反発するも、龍蓮が命じれば絶対に逆らえない。 孔雀族は初めて抱いた、もしくは抱かれた相手の『声』を脳裏に記憶して生涯ただ一人の伴侶と定める習性がある。 人間のΩはαと呼ばれる支配者階級にいる人間にうなじを噛まれれば伴侶になるという認識になるらしいが、孔雀族は『声』により切れぬ縁を結ぶ。 だから、初めて自分を抱いたこの男の声が何より怖く、嫌いだった。 どんなに理不尽な命令でも命じられれば従うしか無くなるのだから。 「っあぁあ、あ……く、ん、んぁあ」 無様な声など上げたくはないのに、慈悲を乞うような哀れな声が香蘭の喉から溢れ出す。 ずずぅ……ずずずぅ、と、まるで蛇が身の内に入り込むような緩やかな速度で龍蓮の逞しいものに侵略されていくと、ぞわぞわと肌が泡立つ。 しかもまだ龍蓮は完全ではない。 龍蓮のものは腹の内側を突き破ってしまいそうなほど太く、凶悪だ。まだどうにか頑張れば飲み込めるうちは、序の口に過ぎない。 それでも狭隘な香蘭の秘孔には充分大きすぎる。 もはや、虚勢をはる余裕もない。 背後からゆっくりと重なり合う事で、結合が進み、蹂躙が深まる。 今夜も雌にされてしまう。そうすれば、あとは堕ちるだけだ。 「名を呼べ、香蘭。私の名を。お前の伴侶の名を」 「んぁあ、……龍蓮……っ、あぁ、龍……蓮んぅ」 「そうだ。玲瓏たるその声で、私の名を呼べ。その身体全てに私を刻み込め……」 「ううぅ……う、あ、あ…龍、蓮…あ、ぁあ゛っ、もう奥に、奥に当たって……」 「ああ、そうだな、奥まで嵌ったな。ククク、お前のあさましい秘孔がいやらしく締め付けてくる。まるでしゃぶりついているようだな。自分でもわかるだろ?」 「あ、ぁ、そのようなあさましい事を……わざわざ口に出して言うな……ぁあ」 身体を侵略された痛みと屈辱に涙で視界が曇る。少しでも抜けてくれないかと両手を窓に着いて爪先立ちになるが、しっかりと背後から掴まれた腰はビクともせず、ぐっぷりと男根を咥えさせられたまま少しも抜ける気配はない。 龍蓮の高い体温と、香蘭の低めの体温が溶け合っていく。 その大きさに馴染み始めた媚肉が潤みだし、子種を受け入れるための準備をし始める。 とろり、とろりと、結合部を濡らしていくのは、香蘭の秘孔が垂らしたいやらしい蜜だ。 それが、己の太ももを叩い落ちていく。 「っ、んんぁ、や……ぁあ、見るな……あ、ぁあ、み、見ないで……」 「どうした、恥ずかしいのか?顔が真っ赤だぞ。夜毎、私のものを咥えて善がり声を上げて気を飛ばすくせに、処女のような反応は変わらん。だからだろうな。お前の痴態など何度も見ているが、飽きない。何度も見たくなる」 クククククッーーーと、低い嗤いと共に、薄い布越しに両の乳首に爪を立てられ、香蘭は堪らずに『ひやぁああ!!』と甲高く鳴いて仰け反った。 胸で感じてしまうなんて雌以外の何者でもない。 なのに性感帯としてどこもかしこも仕込まれてしまっている香蘭は、特に重点的に開発された乳首に触れられると正気ではいられなくなる。 触れられてもいない雄の部分が、浅ましく立ち上がり、先端の小孔をひくひくと震える。 それに連動するかのように、龍蓮を咥えた秘部もいよいよ収斂し、子種を求めて蠢きだす始末だ。 摘まれた乳首は旗袍の下でぷくりと膨れ上がり、その存在を誇示している。 「ぁあ、んぁ、……はぁっんぅう」 「孕めばここから母乳がでる。孔雀族の乳はどんな美酒にもまさると聞く。お前の父……いや、この場合お前を生んだのだから母になるな。今は亡き白蘭の出した母乳は大変な美味だったと聞く。まぁもっとも、我が父はお前に吸わせてやらずに、自分で全て吸い尽くしてしまったようだがな。だがら私は雛鳥だったお前を育てるために、毎朝牛の乳を絞りに行ったものだ」 龍蓮の口から、自分の覚えていない昔の話を持ち出されるなんて、珍しいことで、香蘭は訝しく思う。 香蘭は孔雀族の長だった白蘭と、現国王との望まぬ交合の末にできた子供だったが、生みの親である白蘭に会わせてもらえた事は数えるほどしかなく、実際に育てたのは腹違いの兄である龍蓮だ。 孔雀族は卵で生まれ、生まれたばかりの頃は雛鳥そのものの容姿で、酷くひ弱だ。 生まれてもすぐ儚くなる者も少なくないのに、彼は蝶よ花よと香蘭を慈しみ、それこそ目の中に入れても痛くないというほどに愛し、人の形を取れるまでに育ててくれた。 香蘭にとって親同然だが、その愛が、酷く重い、鎖のように香蘭を締め付け、身動きを取れなくさせたのは、発情期を迎えてからだ。 『この時を待っていた』 その言葉と共に初めて龍蓮の逸物を捻じ込まれた衝撃は今でも忘れることができない。 今思えば破瓜を経験させられた16のとき、二人の関係は崩れたのだ。 父と子のような関係から、捕食者と被食者そのものの関係に。 もし香蘭が子を孕めば、その子は龍蓮の元に異国から嫁いで来た妃に産ませた龍景に下賜されるのだろう。 そうして、また香蘭と同じく弄ばれる運命をたどる。 そんな茨の道を、まだ見ぬ我が子に味わわせたくはない。 「……私は、母になど、なりません……決して、なりませんっ」 「お前の意思など関係ない。私がそう決めたのだ。お前には必ず母になってもらう。何としてもな」 「嫌だ、絶対に嫌です……いやぁああーーーーー!」 下から突き上げるように屹立を捻じ込まれ香蘭はあまりの衝撃に、かはっと息を詰まらせた。 一切の抵抗を剥ぎ取るべく、香蘭に逃げられないように龍蓮が体を密着させてくる。身体を格子付きの窓ガラスに押し付ける形で背後から抱きすくめられ、力任せに突き上げられてはたまったものではない。

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