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22.『約束の樹』
「君が大人になったら、この桜の樹の下で僕らの結婚式をしよう。」
それが別れの言葉だった。もう20年以上も前だ。
よく遊んだ神社の裏山に一本だけ生えていた大きな桜の樹の下で、まるで天使か妖精かという程に綺麗な青年とした馬鹿げた約束。
青年は何故かいつもその桜の側にいて、そして何故か桜が咲く頃しか現れなかった。だから、冬になると春が待ち遠しく、春になると夏の訪れが億劫だった。
当時まだ小さかった俺にぴったりだった桜色の綺麗な指輪はとっくに入らなくなり、今はネックレスにしている。青年はもう初老に差し掛かっているかもしれない。それでも俺は彼を忘れることができずに、今あの懐かしい神社にいる。
眼前に広がる桜の樹は、5分咲きといったところか。ちらほら蕾が見えるもののあの頃と変わらず凛と佇んでいた。
俺はぐるりと桜の周りを歩く。
丁度一周したその時、一体どこから現れたのか、あたかも最初からそこにいたかのようにあの頃と寸分違わぬ出で立ちのあの青年がそこにいた。
「約束…覚えててくれたんだね。」
ふわりと青年が微笑むと、頭上の桜の蕾が一斉に綻んだ。そこで俺は漸く気付いたのだった。
桜の精に恋をしていたのだと。
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