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39.『桜幻茶(おうげんちゃ)』
「違う……」
神は湯呑みをそっと置いた。
「これも違う……!」
神はティーカップを置いた。目の前のテーブルには、天から地まで世界中のお茶がずらりと並んでいる。
東洋の白磁の小さな茶杯。西洋の、青地に金で絵が施されたティーカップ。色とりどりの器たちからは様々にだが一様に、とある香りがする。
神は目の前に手をかざし、下界の映像を浮かび上がらせた。そこには翡翠の園を思わせる小高い丘が、もう少しだけよく見れば、大きな塊が見える。朽ち果て辛うじて根だけが残った、よくよく見れば桜の木、だったものが。
『ねえねえ神様、僕のお茶は美味しいでしょう?』
『僕のお花で香りをつけたんですよ。この世で一番美味しいんだから!』
かつて愛でていた存在の声が脳裏に響く。散った花、無邪気で愛らしい桜の精の澄んだ声が。満開の桜の下で、共に茶を飲んだときの声が。
神はかの存在の香りを再現しようと、あらゆる手段を用いた。桜を思わせる香りも桜そのものを模した香りも、茶につけさせては飲んできた。
だが、違うのだ。愛しい存在の香りだけは、どうしても、手に入らない。
「逢いたいのう……」
神はそっと目を閉じ、桜の精の幻に、口づけた。
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