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Ω(オメガ)の社会的地位が低いのはもうずっと前からの事だ。 一度はΩ迫害対策への法律改善なども議論されたらしいが、結局Ωの尊厳などどの時代においても確立されなかった。 特に男性のΩは社会的地位でも最も低いカーストにあり、蔑まれることの方が多い。 低賃金労働は当たり前だし、たとえまともな仕事に就けたとしても発情期が足を引っ張り冷遇され、腫れ物扱い。 それでも奮起して身を砕くほど努力してようやく勝ち取った地位や名声も、その性を使って媚びているのではないかと疑われる始末。 ただΩというだけで、どんなに血反吐を吐く様な努力をしても白い目で見られるのが運命なのだ。 その差別は昴にもあった。 Ωというだけで仲間外れにされ、口を聞いてもらえない。 汚ない、卑しい、誰にでも性を売る。 勝手なイメージを植え付けられた挙句、まるで汚物をみるかの様な目で見られ罵られる。 幼い頃からそんな風に蔑まされていた昴は、いつしか人と深く関わることを怖いと思うようになってしまった。 発情期が訪れてからは尚更で、その時期になると嫌でも身体が疼き狂ったように自慰を繰り返してしまう自分を、自身でも不潔と思うようになり、ますます他人と関わることができなくなった。 そんな昴を周りはもっと毛嫌いするようになり、結局学生生活はまともに送れなくなり中学校は途中中退、高校へはとてもじゃないが行けなかった。 しかし生きていくためには働かなくてならない。 唯一の家族である父親は全く頼りにならなかった為、昴は自分で稼がなければならなかった。 幸い、亜鷹のおかげで鷹匠として今日(こんにち)までなんとか食いぶちは繋いでいる。 但し、暮らしは決して豊かではないが… 現代において鷹匠で稼げる報酬なんて微々たるものだ。 大昔なら捕らえた獲物の肉や皮を売って金銭に替えていたのだが、今は狩猟期間などが決められているためそう易々と狩りはできない。 主な収入源は鷹匠のイベントなどでもらえる懸賞金や、害鳥駆除でもらえるわずかな報酬だけ。 そこから日々の生活費と亜鷹達の餌代などを差し引いたら手元には殆ど残らない。 その結果、昴は高額で保険のきかない抑制剤を買うことができないのだ。 しかも、発情期中の約一週間は一歩も外へ出ることができず、働くことができない。 当然働かなければその分収入もないわけで…。 結局Ωという忌ま忌ましい性であるばかりに、どこまでも苦しまなければならない運命なのだ。 そんな昴を見兼ねてか亜鷹は自分の餌くらい自分で獲れると主張してくるのだ。 そうすれば浮いた餌代で薬が買える、そう考えてくれているのだろう。 しかし、狩猟期間ではない時に狩りをするのは禁止されているしそんな事を亜鷹にさせるつもりは毛頭無かった。 たとえ稼ぎは少なくとも、昴はこの鷹匠というものに誇りを持っている。 亜鷹が風を切って飛んでいるときは自分も鷹になったような気持ちになるし、そんな時間は唯一自分がΩだということを忘れられるような気がするのだ。 昴にとって鷹匠という自分とそれを与えてくれる亜鷹の存在は心の拠り所だ。 鷹匠をやっていなかったら、亜鷹がいなかったら、とっくの昔に生きることを諦めていたかもしれない。 自分の抑制剤を手に入れるために亜鷹にルール違反をさせるなんて絶対に嫌だった。 「一匹獲ったってバレたりしない」 亜鷹はそう言うが、昴は頑として首を横に振る。 「決められたことはきちんと守らなきゃダメだ。じゃなきゃ僕は二度と亜鷹と鷹狩りできなくなる」 昴の言葉に亜鷹は不満げにキチと小さく鳴いた。 「へんくつ、どうせそう思ってるんだろ?」 斑点模様の美しいお腹を擽ると、亜鷹は迷惑そうに鳴きながらも気持ち良さそうに尾羽を揺らす。 本来なら、なかなか触らせてくれない鷹とこうやって戯れる事ができるのは相手が亜鷹だからだ。 「大丈夫、心配しないで。僕は大丈夫だから」 にこりと笑ってみせると、亜鷹はじっと昴を見つめた。 丸い瞳孔の中に下手くそな笑顔を貼り付けた昴の顔が映っている。 「へんくつとは思ってるがお前のそういうとこは嫌いじゃない。それに…」 「それに?」 何か言いかけて亜鷹はフッと目をそらした。 いつの間にか日差しは赤味を帯びた柔らかな色になり、夕焼けが始まった空は金と赤に染まっている。 亜鷹の眼差しがどこか遠くを見ているようで、少し胸がざわついた。 「なんでもない、帰る前にもう一回飛ぶ」 「…わかった」 昴は不安を拭い去るように、頷く。 風向きを読み亜鷹と呼吸を合わせ、勢いよく空へと送り出す。 亜鷹は見事タイミングで風に乗ると悠々と空を舞った。 どんなに辛くても、生活が貧しくても亜鷹がいたから今まで生きてこれた。 たとえ一生孤独であっても発情期に苦しんだとしても、亜鷹さえいればそれでいいと思っている。 しかしそう思う一方で時々どうしようもない不安に駆られる事があるのだ。 本当にこのままで大丈夫だろうかという不安と憂慮。 亜鷹は自分のようなΩの元にいて幸せなのだろうか、もっと裕福な鷹匠の元で自由にのびのびと暮らす方がいいんじゃないだろうか、或いは自然の中で気ままに暮らしたほうが幸せなんじゃないだろうか?と考えてしまうのだ。 それと、もう一つ。 昴を不安にさせる存在があった。 それはこの広い世界で、必ず一人いるといわれている「(つがい)」の存在だ。

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