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(次の発情期 まであと三日か…)
昴はカレンダーを見ながら溜息をついた。
手持ちの全財産と、次に働ける日にちまでを計算するとどうしても足りない。
前回の大きなイベントと発情期が重なってしまったのが痛手になっていた。
ただでさえ毎月カツカツなのに、それに追い打ちをかけるように発情期が重なるとこういった窮乏状態に陥る。
昴は整った顔を歪めると、ガシガシと頭を掻き毟った。
最近発情期前になるとどうも気持ちが落ち込み、悄然としやすい。
そしてわけのわからない不安と焦燥感と、もやもやとした苛立ちが募ってくるのだ。
以前までそんな事なかった。
ただ、突然爆発的な性欲が訪れるだけだった。
しかしここ最近、発情期の前になると気持ちが揺らぎやすくなっている。
これも発情期の症状なのだろうか?
病院など気安く行けない昴にとって、これが一体何の症状なのか正常なのか異常なのかさえもさっぱりわからない。
全くΩというものはどうしてこんなに厄介な事ばかりが付き纏うんだろう。
昴はもう一度溜息を吐くと、青白く細い首にぐるりとストールを巻いた。
今日は大きなイベントが一つある。
そのイベントで優勝すれば僅かだが賞金がもらえるのだ。
おそらく発情期前の最後の仕事になるため、このイベントでなんとしてでも優勝して稼いでおきたかった。
鷹小屋に行くと、亜鷹を含めた三羽が自分の止まり木に落ち着いていた。
「亜鷹、今日はルアーパスとスカイトライアルだよ。いけるよね」
餌であるウズラを与えながら、昴はいつものように競技の説明をする。
しかしいつもなら当然だと自信たっぷりに返事してくる亜鷹が黙り込んでいる。
「どうした?亜鷹」
「昴、今日は外に出るな」
亜鷹突然そう言うと鋭い眼差しで昴をじっと睨んできた。
「…え?なんで?」
「いいから出るな」
苛立ちを表す鳴き声を上げながら亜鷹が羽をばたつかせる。
亜鷹の声に驚いた他の二羽も羽を広げて騒ぎ立てた。
「どうしたんだよ。まだ発情期 はきてないから大丈夫だよ」
何とか二羽を落ち着かせようとするがなかなか落ち着いてくれない。
三羽の猛禽がバタバタと暴れるものだから、辺りにはあっという間に茶羽根が舞い上がった。
「ダメだと言ったらダメだ!」
頭の中に響いた亜鷹の声は今まで聞いたことないほど威圧的で高圧的なものを含んでいた。
衝撃に一瞬、身が竦む。
まるで冷や水を浴びせられたかのように身体が強張った。
しかしすぐに頭に血が上っていく。
身に覚えのない言い方にカチンときて募っていた苛立ちとともに一気に爆発した。
「わかった、じゃあ今日は亜鷹は来なくていい!!」
負けじと強い口調で言い返すと、昴は暴れる隼 に手早く目隠しと呼ばれるフードを被せた。
「昴、ダメだ!!外に出るな!!」
亜鷹はまだ騒いでいるが、昴は構わず止まり木に繋いでいた足革と大緒を外すと、隼を餌掛けに乗せると足早に鷹小屋を後にした。
売り言葉に買い言葉。
今考えるとまさにそれだなと思う。
イベントが始まっても昴の心はずっともやもやを残したままだった。
当然だ。
相棒である亜鷹とあんな風に気まずくなるなんて初めてのことだった。
亜鷹はもともと口が良い方ではないが、あんな風に一方的な言い方をしたことはなかった。
どうしていきなり外に出るな、なんて言い出したのだろうか。
今考えるとその理由も聞かないままカッとなって言い返した自分も大人気なかったなと思う。
「だけど亜鷹だってあんな言い方しなくたっていいじゃないか」
ボソッと不満を漏らすと、隼がチキと鳴いた。
「あぁ、ごめん。亜鷹が機嫌悪いとお前たちも落ち着かないよな」
小さな頭を指先で撫でると、そうだとでも言うように嘴が開く。
亜鷹は昴にとって大事な相棒であり家族だ。
気まずいままでいるなんて耐えられない。
とりあえず帰ったら謝ろう。
そう思っていると突然後ろから背中を叩かれた。
「よう昴。何だ、今日は隼 か。いつもの大鷹はどうした?」
振り向くと、伝統的な鷹狩りの和装スタイルに身を包んだ壮年の男が立っていた。
肩まである緩やかな癖っ毛を一つに束ね、黒縁眼鏡をかけたこの粋な男は昴が唯一心を開いている人間だ。
餌掛けには立派な大型の猛禽犬鷲 が威厳ある姿で止まっている。
「錦城 さん」
「よお。久しぶりっつーかお前さん、ちゃんと食ってるか?また痩せちまったんじゃねぇの」
錦城は昴を上から下まで眺めると眉間に皺を寄せた。
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