1 / 12
第1話
──夜相 が夜の学校の屋上で黒い狼男に出会ってから、一年が経った。
B級ホラー映画に出てくるような、二足歩行で大きな狼。それがいきなり上から跳んできたのだ。屋上なのに。
飲んだばかりの抑制剤の効きが弱かったのか、夜の散歩だとわざわざ忍び込んで静かな校舎を楽しんでいた夜相のフェロモンにあてられ、襲い掛かってきた彼と体を重ねたのも、その日のことである。
ひやりとしたコンクリートでぐったりとする夜相に、狼男は毛むくじゃらな巨体を丸めて平身低頭土下座した。少し涙目だった。
それがなんだか可愛かったからなのか、体の相性がすこぶる良かったからか、理由はよくわからない。
とにかく、夜相は彼を許し、その日から満月の夜には屋上へ通うようになったのだ。
名前も年齢も知らないし、当然人間の時の姿も知らない。満月だけが逢瀬の合図。
それでも熱く抱き合ったあと、のんびりと語り合う時間はたまらなく気分が良い。
心地いい時を過ごし、気がついたら夜相は、使い古された展開に転げ落ちていた。
ころころと恋の坂道を転げ落ちながら、とめどない胸の高鳴りを感じる。
好きだ、好きだ、共にいたい、誰にも取られたくない。
だから自分と番になってほしい。
なんて、確かな欲望を雪だるまのように育て上げた。
そして隣の狼男も──夜相の目には、同じ雪だるまを作っているように見えたのだ。
人狼なんて滅多にいるものじゃない。
というかそもそもファンタジーやホラースリラーの世界の生き物で、実在することに世界中が面食らいそうな案件である。
が、そこは気にしなかった。
取るに足らないと鼻で笑える。興味すらない。それが夜相。
お伽噺のような存在だが、感情の赴くまま素直に己の生を突き進む豪胆な夜相にとって問題だという認識すら皆無で、気にならない! なんて自分じゃ思うことすらないほど瑣末な情報だ。言われて初めてそこを気にするのか、と知ったくらいだった。
だから。
育て上げたお互いの雪だるまをよいしょと繋げませんか? と言う提案に──まさか首を横に振られるとは、思わなかったのだ。
そろそろと寒くなる季節の訪れか、背を預けたコンクリートが酷く冷たく感じる。
同じように背を預ける隣の狼男が身にまとうは、非常に暖かそうな毛皮だ。
毛むくじゃらな膝を抱え、テレビや雑誌、動物園でしか見たことのないような厳つい狼頭を、子犬のように歪めている。人間よりだいぶと大きなモンスターが。
夜相は細く気が抜けないと気味悪がられる目つきの双眸を、きゅう、と更に細めて、威圧的に首を傾げた。
「今、なんて?」
「う、だ、だから……っお、俺はお前と番う気はない。ウグッ……」
ドス、と鈍い音がして、狼男が脇腹を押さえる。
にんまりとした笑顔のままこちらを見る、夜相のボディが決まったのだ。
「じゃ、もう一回言うわな? 俺と番になろうぜ?」
「ぁう、ぅ……! な、ならない……!」
「あぁん?」
「ヒッ」
ドスの聞いた声で睨 め付ける夜相に、小さく悲鳴を上げる狼男。
夜相の怒りに気がついているくせに、それでも彼は見た目だけは威圧のある狼顔を、しっかりと左右に振った。
ともだちにシェアしよう!