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第2話

「あれだけ俺を抱き散らかしたくせに、今更、なぁに言ってんの? え?」  狼男に向きなおり、まるでヤンキーさながらにグッと詰め寄る。  頭一つ背が高い割に肉付きがよくない骨ばった体で、別に美しくもかわいらしくもなく男らしい顔立ちの夜相だが、ガンをつけられた狼男がキューンと耳を下げて震えるくらいには気性が荒い。だが知ったこっちゃなかった。こちらにも譲れない事情がある。  夜相は出会った時の情事も、その後の逢瀬の繋がりも、全部全部、覚えている。  二回目の逢瀬は、合意で誘った。  なのに、初めは乱暴にしてしまったから今度はずっと優しくすると、夜相がトロけて強請るほど甘く緩やかなものだった。  三回目の逢瀬は、自分を試した。  夜相が狼男のものを口淫すると、俺もすると言われたので、蹴り飛ばして拒否した。ギラつく牙が凶器でしかない。おかげで試した自分の心は、多少気持ちを理解した。  四回目の逢瀬は、少し、甘えた。  真っ直ぐ正面から抱きしめながら抱かれて、大きな狼男にしがみつく自分がまるで華奢なオメガらしいオメガになった気がしたことを、覚えている。  硬い毛質の毛皮はチクチクと肌を擽ったが、笑ってしまうほど温かかった。  その次、そしてその次も、夜相と狼男は抱き合った。  そのどれもが体も心もピタリと求め合える最高のパートナーだと決めるに足るもので、夜相は自分の考えうる全ての障害を熟考した上でも、この野獣のオメガになりたいと心底惚れ込んだのである。  にもかかわらず。  狼男は頑なに首を横に振るのだ。夜相が詰め寄るのも無理はなかった。 「じゃあなんだよ。好きでもなんでもないのに散々抱いたのか? お前が俺を抱いたのは俺がオメガだからで、フェロモンに負けたアルファ様々の前に育ったオメガがいたから当然抱いただけ? お前、俺を好きなようにしても構わない人間だと思ったの?」 「ちっ違うっ!」 「知ってるわバカ」  グワッ! と並び立つ牙を晒し、傍から見れば襲い掛かっているようにしか見えない形相で勢い良く否定する狼男に、夜相はフンと鼻を鳴らしてその毛皮を軽く叩く。  手を出したあとに涙目で土下座してくるような男が、オメガを理由にカラダを食い物にするような性質ではないことなど、わかりきっていた。  それでも口にしたのは、拒否されたことに腹を立てているからだ。  納得のいく理由が欲しい。納得できれば無理強いする気はない。嘘だ。なにがなんでも問題を排除して添い遂げるという気持ちだ。  こいつしかないと思ったから、満月の関係にピリオドを打とうと思ったのだ。  それを拒否する理由がくだらないものなら、狼男だろうがグーで殴る。  ジ、と真剣に狼男の月のような色をした澄んだ瞳を見つめる夜相。  その瞳を泣きそうに歪め、狼男は震えながら立ち上がり、夜相を見下ろす。  夜相はそれでも目をそらさずに、ひたすら真っ直ぐに彼を見つめた。 「……たまに会うのと、一生を共にするのは違う。この先何年、何十年、満月の夜は獣が現れる家にお前、毎日笑顔で帰ってこれるのか? きっといつか嫌になる。面倒になる。普通じゃないこんな姿。アルファらしくないこんな性格。オメガの項に噛みつく俺が、その首をへし折って食い尽くさない保証が、いったいどこにあるんだ?」 「あ?」 「いつかに怯えながらこの姿をお前に晒し続けるなんて、俺には、もう……キツイ」  ガラガラとした重厚感のある声で、絞り出すように小さく語られた理由。  夜相はぽかんと口を開けてしまった。  狼男はその言葉に対しての夜相の返事も聞きたくないと言わんばかりに、大きな手でツンと尖った厚みのある耳を塞ぐ。 「だから、夜相。こんな夜毎狼になる体質のヘタレ男なんて、やめておけ」  よし──殴ろう。  夜相がそう思った途端。  狼男はコンクリートを蹴り飛ばし、野生の獣の様に素早く、美しく宙を舞い、フェンスの向こうへ消えてしまった。 「あッ! あいつッ!」  慌てて立ち上がり追いかけても、フェンスの向こうへは行けない。  真下を覗くと、既に何者もいなかった。  震えながら、グッと拳を握りしめる。 「……逃がすかよ、あの犬っころ」  ──見てろよ。  ──引っ捕まえて首輪嵌めて、俺の番になってくださいって項に噛みつかせてやるッ!

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