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第12話
◇
「に~い~づ~き~」
「き、気が散るから離れてくれないか……?」
「やだぁ」
放課後。
風紀室で仕事をする新月の背中に抱きつきながら、夜相は上機嫌に頬を摺り寄せる。
発情期に交わって念願の番になったあの日から、新月が夜相を避けなくなったのが嬉しいのだ。
理性が飛びすぎて気が付いたら曜日がいくつか変わっていたが、それはそれ。
とは言えこびりついた臆病者の新月の悲観主義がそうそう綺麗さっぱりなくなるわけではないが、それでも夜相にだけは必要以上の接触を許すようになった。
放課後の恒例となったこの光景も、風紀室の面々ははじめ目玉がこぼれ落ちそうなほど驚いていたのだ。
新月の接触嫌いは委員内では有名だった。
それどころかやたらなんでもそつなくこなすなとは思っていたが、アルファだったとは。
それすら誰も知らなかった。
番ができて、はじめて判明したのだ。
そして相手があのマイペースな夜相。風紀委員の目玉はもうコロコロと転がりまくりである。
委員長の狼屋は新月を気に入っていたので、気がつかなかったことに悔しそうだった。
副委員長のポストを空けていたのに。
そんなことは知らない夜相が覗き込んだパソコンの画面には違反者リストと書かれていて、気が散ると言いながらも新月はカタカタ慣れた手つきで正確にそばに置いた紙のリストを入力していく。
リストの顔写真には、見覚えのある顎鬚の生徒がうつっていた。
彼に絡まれたのが新月を見つけたきっかけなので、夜相としては感謝すらしている。
そしてたまたま助けてくれた狼屋にも、多大な恩を感じていた。
「委員長、あの時廊下で俺のこと見つけてくれてありがとうございます。未遂なのに風紀がでてくるとは思わなかったんで、助かりました」
夜相はぐっと親指を突き出して、新月の背中にのしかかりながら委員長席にサムズアップをした。
その言葉に、ギクッと新月は体をこわばらせる。
文字を打ち込む手が止まってしまったが、誰も気がつかない。
自分に向かって親指を突き出す夜相に、書類にサインをしていた狼屋が同じく親指を突き出しながら父親のようなほがらかな微笑みを見せた。
「ああ、礼には及ばない。普段は現行犯でないと口出しできないんだが……あの時は新月がお前を助けてくれと珍しく泣きそうな顔で焦って頼むから、かわいい委員の為にも特例だが手を出したんだ」
「え?」
ガタンッ。
夜相が驚きの声を上げるのと、新月が夜相の腕から逃げ出そうと椅子から立ち上がったのは、ほぼ同時だった。
「み、まわり、行ってきます……!」
「は!? な、なあ新月っ、お前俺のこと……っ」
「はっはっは」
耳まで真っ赤になった新月が夜相から逃れ勢いよく走り出す。
立ち上がられた勢いで手を離してしまいあっさり置いて行かれた夜相。
それを見送る狼屋のかわいいやつらめとでも言い出しそうな笑い声。
いつごろだろうか。
あの臆病な委員が委員室のすみで、在籍生徒表を赤い頬で一生懸命にめくって誰かを探していたのは。
ちょうど一年ほど前だったかもしれない。
狼屋ははじかれたように新月を追いかけていく夜相の背中を見つめる。
なるほど、あの誰とも視線を合わせずどこか怯えたような彼の目は、あの背中を追いかけてあんなにも輝いていたのか。
惚れたら負け。
どっちが先に惚れた負け犬なんだろうか。
「負け犬が二匹、幸せになっただけのことだな」
結
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